2021年4月27日火曜日

浄書ソフトに必要な水平スペーシングの機能

 様々な浄書ソフトが存在しますが、音符間隔を定めるのに十分な機能を備えた浄書ソフトは残念ながら未だ登場していないと考えています。今回は音符間隔を個別調整する際に、浄書ソフトにあって欲しい機能について、私なりの考えを記していこうと思います。

優れた音符間隔調整機能を持つDorico
 Doricoの水平スペーシングの個別調整機能  Doricoは水平スペーシングにおいては必要最低限の機能を備えた最初のソフトウェアです。Doricoは音符間隔を個別調整する時に、個別の音符間隔を広げたり狭めたりすることが出来ます。また同時に音符・休符の水平位置を物理的に動かすことも可能です。この2つの機能によって、あらゆる音符間隔に対応することが可能です。これは浄書ソフトが最低限備えておくべき機能で、これらの機能を持っていない浄書ソフトは浄書ソフトと呼ぶに相応しくないとすら思います。しかしながらDoricoの音符間隔調整機能は「必要最低限」であって、必要十分な機能であるとは思っていません。

 楽譜浄書では色々な「流儀」があり、それぞれでルールが異なっています。優れた浄書ソフトは、浄書家毎に異なるそれらの流儀に対応できるソフトだと、私は考えます。異なる流儀に対応するためには、それぞれの浄書機能は「中立的」であるべきです。Doricoの場合、音符スペーシングに関わる機能は、柔軟性に富んでおり、あらゆる音符間隔を再現できます。しかしDoricoの想定する流儀と異なるスタイルを再現しようとすると、若干非効率的な手順が発生します。

Doricoで面倒な場面
 Doricoは原則的に、臨時記号に関しては衝突が避けられない部分を除けば可能な限り音符間隔を広げません。しかし流儀によっては臨時記号に対しスペースを追加することを善しとする場面が考えられます。この時にDoricoの音符間隔機能では、音符間隔をどの程度広げるかはユーザーの感覚に委ねられるため、スペーシングのスタイルを一貫させるためには神経を磨り減らされることでしょう。


 これでもDoricoの音符間隔に関する機能は、今ある浄書ソフトの中で最も優れており、調整が最も容易であることは、前提として明らかにしておきます。その上で本記事ではより優れた中立的な機能を求めているのです。


より中立的な機能設計が必要
相対間隔絶対間隔
素の音符間隔加算されたスペース
段全体の
スペーシング比率
個別の音符に対する
スペーシング比率調整
固有幅に起因する
音符間隔調整
 
 あらゆる流儀に対応できる機能とは、理想的な浄書を真っ直ぐ実現するものではなく、流儀の分岐に対して中立的であるべきだと考えます。水平スペーシングにおいて中立的な機能を実現させるためには、上表のような概念が必要だと考えています。実践的な枠組みとして水平スペーシングは「素の音符間隔」と「加算されたスペース」の2つに分けられます。まずはじめにその2つの概念を紹介します。

・素の音符間隔
 「素の音符間隔」とは、音符のみによって決められる音符間隔のことで、比率によって相対的に定められます。Doricoの「スペーシング比率」では、2つの音符間隔に対し、2倍の音価の関係であればデフォルトでは1.41倍のスペースになるように、音符間隔が決められています。このスペースは水平スペーシングの密度によって相対的に変化します。

・加算されたスペース
 「加算されたスペース」とは、臨時記号や音部記号などの諸記号によって水平スペーシングへ加算されるスペースのことです。これらのスペースは、スペースを加算する諸記号の幅は固有値であるため、水平スペーシングの密度が変化しても、必要な加算されたスペースは変化しません。

 このように音符間隔には相対的に決められるスペースと固有幅によるスペースという、異なった2つの性質のスペーシングが混在しています。音符間隔調整では素の音符間隔に対して調整する場面と、加算されたスペースを調整する場面がありますので、性質の異なるその2つスペースは別々の機能で調節できるのが望ましいと私は考えています。

絶対間隔と相対間隔
 「素の音符間隔」と「加算されたスペース」のスペーシングの性質は異なるものです。個別音符調整では「素の音符間隔」においても「加算されたスペース」においても、個別音符間隔を行う場面があります。そこで、異なる性質のスペーシングに対応するために、「絶対間隔」の個別調整機能と「相対間隔」の個別調整機能という2つの枠組みが必要だと考えられます。
 「絶対間隔」の個別調整では、「ある音符間隔に対し、5mm間隔を広げたい」というような固定の単位(1例としてmm等)を用います。一方で「相対間隔」の個別調整では、「ある音符間隔を1.5倍にしたい」というような、固有量を持たない相対的な調整を行います。

・絶対間隔で調整する音符間隔
 「加算されたスペース」は臨時記号や音部記号、加線という固有幅を持った記号にスペーシングが起因しているため、基本的に「絶対間隔」で調整するのが適しています。臨時記号分のスペースを3mm分確保したいのにも関わらず、水平スペーシングの密集化に伴って、臨時記号分の「加算されたスペース」が相対的に縮んで1mm程度ぐらいになってしまっては困るでしょう。つまり「加算されたスペース」の場合は相対間隔ではなく絶対間隔による調整が適しているのです。上図のDoricoの場合、諸条件次第ですが、水平スペーシングの密度が変化した時の「加算されたスペース」が勝手に破棄される場合があります。「加算されたスペース」の量が浄書ソフトによって勝手に変化してしまうのは都合が悪いのです。

 「素の音符間隔」は音符間隔の比率に基づいて、相対的に決められます。一見「相対間隔」での調整が良さそうに見えますが、しかしながら、「素の音符間隔」の調整要因が固有幅を持つ記号に起因する場合は、「絶対間隔」で調整する方が適しています。具体例では、譜表を跨ぐ連桁を符幹間隔を基準にする場面です。この場合、音符間隔の調整が必要となる要因は「符頭」の幅となっています。「符頭」の幅は固有幅であるため、「絶対間隔」での調整の方が適しているのです。

・相対間隔で調整する音符間隔
 「素の音符間隔」に対する調整の中で、固有幅を持つ記号を音符間隔調整の要因とする場面では「絶対間隔」での調整が適しているとしました。それに当てはまらない場面では「相対間隔」での調整が適していると考えられます。上図のように音符間隔を狭めるスタイルでは、相対間隔で調整する方が良いでしょう。この場合は、水平スペーシングの密度が変化しても、周囲との音符間隔との関係性が自然に見えるように、比率が維持したまま伸縮すべきです。この場合では音符間隔をn倍するような「相対間隔」での調整が適しています。

 以上のことから、個別音符間隔調整の挙動では「絶対間隔」と「相対間隔」の2つの異なる枠組みでの調整機能が必要だと考えています。その上で、流儀の分岐に対して中立的に選択可能な、実用的な枠組みとして「素の音符間隔」と「加算されたスペース」という異なる視点を備えることも必要です。私がMuseScoreでのスペーシング手順でやっていることは、譜面から「加算されたスペース」を打ち消して「素の音符間隔」の状態にしてから、「素の音符間隔」に対する調整を行い、その後に必要最小限の「加算されたスペース」を戻すことです。またFinaleを用いる浄書家の中でも、臨時記号や加線による無駄な「加算されたスペース」を嫌い、「加算されたスペース」を全て無効にした状態からスペーシングを行う人もいます。このことから、「素の音符間隔」と「加算されたスペース」を別工程として分けて考えることは実務的な観点だと言えます。

理想的な音符間隔調整機能とは
相対間隔絶対間隔
素の音符間隔加算されたスペース
段全体の
スペーシング比率
個別の音符に対する
スペーシング比率調整
固有幅に起因する
音符間隔調整
 
 これらのことを踏まえて、「絶対間隔」と「相対間隔」、「素の音符間隔」と「加算されたスペース」の関係性を表で上表のようになります。水平スペーシングを構成する時に、相対間隔を定めるためには相対間隔のスペース総量が必要であり、段幅から「加算されたスペース」等の「絶対間隔」の総量を除くことによって、相対間隔のスペース総量が求められます。水平スペーシングを定めるには、この表においては右から左への順に計算されるでしょう。水平スペーシングでは、挙動面として「相対間隔」と「絶対間隔」の2つの領域に分類され、その下位の実務的な枠組みとして「素の音符間隔」と「加算されたスペース」に分けられます。「加算されたスペース」は「絶対間隔」の領域であり、「素の音符間隔」の調整の中でも「固有幅に起因する音符間隔調整」も「絶対間隔」の挙動が適しています。「素の音符間隔」の中でも固有幅に起因しない音符間隔調節、すなわち個別の音符に対してスペーシング比率に変更を加えるような「個別の音符に対するスペーシング比率調整」は「相対間隔」での調整が適しています。最後に残ったスペースの中で、適切な音符間隔の比率「段全体のスペーシング比率」が求められます。これはもちろん音符間隔の比率によって決められるため「相対間隔」の領域に当たります。

音符間隔調整機能を形にすると
 理想的な音符間隔調整機能に必要な概念を形に表すと、上図のようなものが良いでしょう。利用機会が多いであろう順に「加算されたスペース」、素の音符間隔の中で絶対間隔調整が適する「固有幅に起因する音符間隔調整」、素の音符間隔の中で相対間隔調整が適する「音符間隔比率への増減」が並べてあります。

 「加算されたスペース」では、臨時記号や加線や音部記号などの、音符間隔に加算される固有幅を持つ諸記号の「加算されたスペ―ス」を調節します。持論ですが、ここでの数値は0を基点としてデフォルトからの変化量を記述するのではなく、デフォルトの加算されたスペースの実際値が記述されているべきだと考えています。すなわち、デフォルトで臨時記号が音符間隔を2mm広げている場合、2mmに相当する数値がデフォルトで記述されている形です。値を0にした時には「加算されたスペース」は無効となります。

 図中の「素の音符間隔」の「後の間隔」は、「固有幅に起因する音符間隔調整」を表しています。ここでは「素の音符間隔」の「絶対間隔」調整を行います。ここでの数値は0を基点とするデフォルトからの変化量が記述されているべきでしょう。

 「音符間隔比率への増減」は、「素の音符間隔」の「個別の音符に対するスペーシング比率調整」のことです。ここでは「素の音符間隔」の「相対間隔」調整を行います。個別の音符間隔毎にスペーシング比率の増減ができる機能を想定しています。例えば段全体のスペーシング比率が1.41である時に、個別の音符間隔において「スペーシング比率への増減」に-0.21と記述すると、その部分でのスペーシング比率が1.2に変更されます。つまり、八分音符の間隔を1とした時に同じ段の他の四分音符は八分音符の1.41倍の間隔であるのに対し、変更を加えた箇所の四分音符の間隔は八分音符の1.2倍にすることができます。

最後に
 本記事では、楽譜浄書での音符間隔調整機能にあるべき要素を考察し、「素の音符間隔」と「加算されたスペース」の枠組みの上位に「絶対間隔」と「相対間隔」を組み合わせた枠組みが必要であると結論付けました。Doricoの音符間隔調整機能はあらゆる音符間隔を実現するのに必要な機能を備えてはいますが、あらゆる浄書流儀を実現する際に、人間がストレスなく作業できるわけではありません。結局はDoricoにはDoricoが得意とする流儀があり、苦手とする流儀もあります。あらゆる楽譜が浄書ソフトで作られるようになった現代では、流儀を受け継いでいくためには浄書ソフトはそれらに対し中立的な機能を備えていなければなりません。個別の音符間隔調整において、本記事が提示した枠組みは、今後の浄書ソフトのあり方を考える上で、参考にしていただけたらと思います。

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