2023年12月22日金曜日

浄書雑感6 音友『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』

 本記事は、楽譜組版 Advent Calendar 2023 の22日目の記事です。


 音楽之友社から「現代日本の音楽」という楽譜シリーズが出版されています。この楽譜シリーズは日本の現代音楽の楽曲を取り扱っており、"なんかスゴイ"楽譜が沢山あります。そういった"なんかスゴイ"楽譜の中で、浄書ソフトが普及する以前の譜面に関しては、ハンコ浄書で製作された楽譜も当然存在します。

 今回は、音楽之友社から出版されている『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』を紹介します。出版社のページはこちら

音楽之友社『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』p.11より

 一見凄い見た目をしていますが、この楽譜の凄さをより理解するために、音符間隔を分析してみましょう。ここより先は、私のブログ記事「水平スペーシングの考え方の全て」全5回を履修していることを前提に記述していますので、先にそちらを見ておくことをオススメします。

 まずこの譜面は、八分音符ごとに小節線を引いた時に、全て同じ小節幅になるように浄書されています。四分音符拍毎に小節線を引いた場合は、全ての段で4小節ごとに段が改められており、小節線の水平位置も全て一致しています。これは比率に基づいた"対数的"な水平スペーシングの原則からは外れています。これはこの特殊な譜面の事情を鑑みて、時間軸をわかりやすくするための配慮でしょう。

全て等間隔に小節線を引くことができる


 今度は「素の音符間隔」に着目して分析してみましょう。ここでは、浄書を分析する都合により、最初のBPM=56の小節を四分音符拍の小節とみなします。また残りの部分に関しては、BPMが変化する地点を示す縦線や、五線上の縦線を全て小節線だとし、全て八分音符拍の小節だとみなします。

 この段では、最初の四分音符拍の小節が、他の八分音符拍の小節よりも音符間隔が広くとられています。これは、段単位での"対数的"な水平スペーシングでもなければ、音符の歴時とスペーシングが比例する、スペーシング比率が2の比例スペーシングでもありません。小節を等幅に固定したうえで、それぞれの小節内で独自に"対数的"に音符間隔を定めているものだと思われます。そのうえでなるべく各小節間で素の音符間隔の違いを出さないようにスペーシングされています。

16分音符の間隔に注目すると、明らかに四分音符拍の小節では音符間隔が八分音符拍の小節よりも広いです。

32分音符の間隔に注目すると、これは最初の小節の解釈次第です。これも四分音符拍の小節の方が、音符間隔は広いですが、四分音符拍を二分する架空の小節線を引くと、最初の32分音符の間隔は他の八分音符拍の32分音符の間隔と一致します。たまたまかもしれませんが。 

16分音符タイプの五連符に注目すると、これも四分音符拍の小節の方が、音符間隔が広くなっています。 

32分音符タイプの五連符に注目すると、これは八分音符拍のところにしかないですが、赤枠線の緑四角で示した部分については音符間隔に誤差があります。とはいえ、2つある赤枠緑四角の左の方は、加算されたスペースを広くとり過ぎたものだと解釈できますし、右の方は、休符は音符よりも優先度が低いために間隔を削ったと解釈することもできます。 

灰色四角は加算されたスペースを含む32分音符タイプの五連符の音符間隔です。ここは誤差で音符間隔が広くなっているのではなく、加算されたスペースのために音符間隔が広くなっています。

 このように段単位でなく小節単位でスペーシングされている譜面でも、なるべく誤差を生じない良い塩梅で音符間隔が調節されています。このような現代音楽であっても、浄書ソフトが無い時代では当然、人の手によって尋常ならざる手間をかけて楽譜の浄書が行われていました。こうした譜面や楽譜浄書文化にもっと光が当たってほしいと思っています。


おまけ

 MuseScoreを使って浄書をしてみると以下の感じになりました。

MuseScore 2.3.2で浄書

 こちらは元の譜面とは異なり、段単位で比率に基づいた"対数的"なスペーシングで浄書しています。そのため、小節幅は当然等幅ではなく、特に最初の四分音符拍の小節は、元の譜面と比べると幅が短くなっています。浄書に唯一の正解があるわけではないですが、一般的な"対数的"なスペーシングで浄書してみても案外悪くないんじゃないでしょうか。

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