2023年12月22日金曜日

浄書雑感6 音友『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』

 本記事は、楽譜組版 Advent Calendar 2023 の22日目の記事です。


 音楽之友社から「現代日本の音楽」という楽譜シリーズが出版されています。この楽譜シリーズは日本の現代音楽の楽曲を取り扱っており、"なんかスゴイ"楽譜が沢山あります。そういった"なんかスゴイ"楽譜の中で、浄書ソフトが普及する以前の譜面に関しては、ハンコ浄書で製作された楽譜も当然存在します。

 今回は、音楽之友社から出版されている『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』を紹介します。出版社のページはこちら

音楽之友社『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』p.11より

 一見凄い見た目をしていますが、この楽譜の凄さをより理解するために、音符間隔を分析してみましょう。ここより先は、私のブログ記事「水平スペーシングの考え方の全て」全5回を履修していることを前提に記述していますので、先にそちらを見ておくことをオススメします。

 まずこの譜面は、八分音符ごとに小節線を引いた時に、全て同じ小節幅になるように浄書されています。四分音符拍毎に小節線を引いた場合は、全ての段で4小節ごとに段が改められており、小節線の水平位置も全て一致しています。これは比率に基づいた"対数的"な水平スペーシングの原則からは外れています。これはこの特殊な譜面の事情を鑑みて、時間軸をわかりやすくするための配慮でしょう。

全て等間隔に小節線を引くことができる


 今度は「素の音符間隔」に着目して分析してみましょう。ここでは、浄書を分析する都合により、最初のBPM=56の小節を四分音符拍の小節とみなします。また残りの部分に関しては、BPMが変化する地点を示す縦線や、五線上の縦線を全て小節線だとし、全て八分音符拍の小節だとみなします。

 この段では、最初の四分音符拍の小節が、他の八分音符拍の小節よりも音符間隔が広くとられています。これは、段単位での"対数的"な水平スペーシングでもなければ、音符の歴時とスペーシングが比例する、スペーシング比率が2の比例スペーシングでもありません。小節を等幅に固定したうえで、それぞれの小節内で独自に"対数的"に音符間隔を定めているものだと思われます。そのうえでなるべく各小節間で素の音符間隔の違いを出さないようにスペーシングされています。

16分音符の間隔に注目すると、明らかに四分音符拍の小節では音符間隔が八分音符拍の小節よりも広いです。

32分音符の間隔に注目すると、これは最初の小節の解釈次第です。これも四分音符拍の小節の方が、音符間隔は広いですが、四分音符拍を二分する架空の小節線を引くと、最初の32分音符の間隔は他の八分音符拍の32分音符の間隔と一致します。たまたまかもしれませんが。 

16分音符タイプの五連符に注目すると、これも四分音符拍の小節の方が、音符間隔が広くなっています。 

32分音符タイプの五連符に注目すると、これは八分音符拍のところにしかないですが、赤枠線の緑四角で示した部分については音符間隔に誤差があります。とはいえ、2つある赤枠緑四角の左の方は、加算されたスペースを広くとり過ぎたものだと解釈できますし、右の方は、休符は音符よりも優先度が低いために間隔を削ったと解釈することもできます。 

灰色四角は加算されたスペースを含む32分音符タイプの五連符の音符間隔です。ここは誤差で音符間隔が広くなっているのではなく、加算されたスペースのために音符間隔が広くなっています。

 このように段単位でなく小節単位でスペーシングされている譜面でも、なるべく誤差を生じない良い塩梅で音符間隔が調節されています。このような現代音楽であっても、浄書ソフトが無い時代では当然、人の手によって尋常ならざる手間をかけて楽譜の浄書が行われていました。こうした譜面や楽譜浄書文化にもっと光が当たってほしいと思っています。


おまけ

 MuseScoreを使って浄書をしてみると以下の感じになりました。

MuseScore 2.3.2で浄書

 こちらは元の譜面とは異なり、段単位で比率に基づいた"対数的"なスペーシングで浄書しています。そのため、小節幅は当然等幅ではなく、特に最初の四分音符拍の小節は、元の譜面と比べると幅が短くなっています。浄書に唯一の正解があるわけではないですが、一般的な"対数的"なスペーシングで浄書してみても案外悪くないんじゃないでしょうか。

2023年12月4日月曜日

MuseScoreでカレンダーを作ろう

 本記事は、楽譜組版 Advent Calendar 2023 の4日目の記事です。


実は既に、FinaleとSibeliusでカレンダーを作っている方がいます。

『特殊な小節線、小節番号、カラー』 楽譜制作ソフト比較 7

当然MuseScoreでもカレンダーを作ることができます。

 カレンダーの1マスを小節に見立てると、日付は小節番号で表現できます。つまりMuseScoreでカレンダーを作ることができます。MuseScore 2 以降であれば、今回の方法でカレンダーを作ることができます。

今回は、MuseScore 4.1.1を使います。

MuseScoreはカレンダーを作るソフトである


 まず「新しいスコア」から単譜表の楽譜を立ち上げます。


 MuseScore 4 ではデフォルトで最初の段初に空白が設けられています。これはMuseScore 3.6以降の機能*で、スタイルの編集の「インテンド」を無効にすることで空白を消すことができます。

*MuseScore 3.5以前には無い機能ですが、元からある水平フレームで同じことができるので、本質的に不要な機能です。


 次に譜表プロパティを開きます。譜表を右クリックして表示されたメニューから譜表のプロパティを選択すると開くことができます。


 譜表プロパティを弄ります。譜線の数を2にして譜線間隔を広げて、音部記号や拍子記号を非表示にします。


 ついでにスタイルの編集で、段初に縦線を描写するようにします。


 そうするとこうなります。


 カレンダーっぽいマス目が出てきました。マスを7マス毎に改行し、段の隙間を詰めるには、パレットの「レイアウト」にある「段(譜表)の折り返し」や「譜表下固定スペーサー」を使います。MuseScore 2 の場合は「譜表下固定スペーサー」はないので、スタイルの編集で段間隔を0に設定します。


 カレンダーの日付は小節番号を利用します。MuseScoreでは小節番号を5小節ずつに表示する機能があります。1小節ずつに表示すれば全てのマスに小節番号を表示することができます。最初の小節に小節番号を表示するにはスタイルの編集で該当のチェックボックスを有効にします。

「音程」は、MuseScore 4 からの誤訳


 小節番号の大きさや位置はテキストスタイルの編集で調節できます。

テキストスタイルを編集することで、フォントの大きさや配置を調節する

 カレンダーでは毎月日にちがリセットされたり、ひと月の最初の段と最後の段には前の月や翌月の日にちが灰色で表示されたりします。MuseScoreは小節番号を途中で増減させることができます。編集したい小節番号の小節を右クリックして「小節のプロパティ」を開くことができます。

 「小節のプロパティ」の「小節番号の増減」を弄ることで、カレンダーの日にちの数字を変えることができます。


 カレンダーの土日祝日等の色を変えるべき数字は、プロパティ(インスペクタ)で色を変えることができます。譜面上に表示されている余計な全休符もプロパティ(インスペクタ)で非表示にすることができます。


 譜表テキストや段テキスト等を使って、曜日名や祝日を入れてあげれば、カレンダーの完成です。


 このように、MuseScoreに備わっている機能を活用することで、MuseScoreでカレンダーを作ることができます。MuseScoreの機能をよく理解するのに役に立つのでぜひやってみてください。


2023年10月25日水曜日

音符間隔を狭めることが可能になったMuseScore 4.1

 MuseScore 4.0では、音符の前の間隔を、「加算されたスペース」を超えて狭めることはできませんでしたが、4.1では「加算されたスペース」の有無関係なく前の音符に重なる程度まで狭めることができるようになりました。

音符間隔を狭めることができるようになったMuseScore 4.1

 またMuseScore 4ではスペーシング比率によって音符間隔が一貫して定められるようになり、小節毎に音符間隔がバラバラにならないようになりました。

二分音符、八分音符、三連符に注目
 これらのアップデートにより、MuseScore 4.1では水平スペーシングの調整が現実的な作業工程の範囲内で、完遂することができるようになりました。ようやくMuseScoreは音符間隔を調整するのに必要な機能を備えるようになりました。

ver.4.1であれば、このような譜面の音符間隔を調整するのは容易になっている

 とはいえ、MuseScore 4では繊細な浄書作業を行う能力が以前のバージョンに比べ劣っており、総合的にはMuseScore 2の方が楽譜浄書を行うのに必要な性能を備えています。


まともに記号の選択ができない

 MuseScore 4では記号の選択範囲が大きくまともに選択できない時があります。下図ではスラーを編集しようと慎重に編集点をクリックしても、小節全体が選択されてしまっています。仮にこれがMuseScore 2であれば、スラーの編集点を正常に選択できます。MuseScore 2でも記号が近接している場合は記号の選択が他の記号に吸われることは起こりますが、MuseScore 4では明らかに離れている記号同士でも選択が吸われてしまうので、使い物になりません。

スラーの編集点をクリックすると、小節全体が選択される

矢印キーでの移動量が大きすぎる

 MuseScore 4では、一部の記号の位置や傾き等を調整する時の、矢印キーでの調節量が大きくなっています。線記号のクレッシェンドやスラー・タイ等は、上下左右の移動・伸縮や傾き調整における矢印キーでの変化量が大きすぎるので、微調整が不可能となっています。位置だけならプロパティの数値を直接入力することでより細かく調整できますが、傾きや線の伸縮の数値を直接弄ることは不可能であり細かく調整する手段はMuseScore 4にはありません。

連桁の調整は実質不可能

 この記事でも述べましたが、MuseScore 4で連桁の調整は不可能です。4.0でも4.1.1でも変化はありません。MuseScore 4を使う場合は連桁の傾きを変えようとは思わない方が良いでしょう。他のソフトを使うか、MuseScore 3以下のver.を使う方が良いです。

MuseScore 2を使った方がマシ

 デフォルト出力での浄書品質が増せば増すほど、個別調整は大雑把な調整よりも細かな微調整が多くなります。実際MuseScore 4はMuseScore 2と比べれば、記号の衝突が回避され音符間隔が良くなり、デフォルトの見た目は大きく改善したのでしょう。しかしそこから見た目を更に良くすることはMuseScore 4では困難です。MuseScore 2のような「かつてのMuseScore」はもともとは細かな調整が可能でした。残念です。

 MuseScore 2はデフォルトでの見た目は非常に悪いですが、まず微細な調整が可能です。更に私はMuseScore 2の最大の欠点である音符間隔を、最大限改善し自在に調整する手段を確立しています。私にとっては、理想的な楽譜浄書を実現することができる、十分なツールです。


2023年1月22日日曜日

「割振り」完全解説

 突然ですが、MuseScoreの音符間隔を調整する機能「割振り」を完全解説します。

 残念ながらMuseScoreの開発陣は「割振り」の機能を理解していないっぽいので、MuseScore 2 という昔のMuseScoreを用いて解説します。

「割振り」は音符間隔の伸縮機能ではない

 「割振り」は音符間隔の伸縮機能ではありません。「加算されたスペース」の調整機能です。「加算されたスペース」というのは、臨時記号などによって音符間隔の前後に足されたスペースのことです。MuseScoreでは音符間隔の各区間をセグメント*と呼称しています。

*日本語訳では「割振り」という意味の通りにくい翻訳になっています。

 「割振り」では音符間隔に追加で足されたスペースのみを調整するため、それら「加算されたスペース」が含まれていない音符間隔を狭めることは出来ません。「加算されたスペース」が含まれない音符間隔のことを「素の音符間隔」と呼びます。

 さてMuseScoreは小節に含まれるスペースの量によって、小節自体が水平スペーシングの整合性を無視して独自に伸縮します。それには「加算された」スペースも含まれます。故に「割振り」の機能には「加算されたスペース」の伸縮挙動の他に、小節全体の伸縮挙動が現れることがあります。つまり個別の音符に対し音符間隔を伸縮させようとしても、条件によっては小節全体が伸縮します。

 この余計な挙動を防ぎ、「割振り」の「加算されたスペース」を伸縮する挙動だけを機能させるには、「一段一小節法」を使います。「一段一小節法」については以下の記事を見てください。


 「一段一小節法」を使った時の「割振り」の挙動は以下の通りです。このように「一段一小節法」を使えば、小節全体の伸縮挙動を回避して「加算されたスペース」が含まれる音符間隔のみを狭めることができます。

MuseScore 2.3.2 で「前の間隔」を減らした時の挙動

MuseScore 2.3.2 で「後の間隔」を減らした時の挙動

 これらの挙動を表にまとめると次のようになります。



一段一小節法アリ

一段一小節法ナシ

前の間隔を増やす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

加算されたスペース無

前の間隔を減らす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

変化なし

×

加算されたスペース無

変化なし

変化なし

後の間隔を増やす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

加算されたスペース無

後の間隔を減らす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

変化なし

×

加算されたスペース無

変化なし

×

○: 個別の音符間隔の伸縮挙動
×: 小節幅の伸縮挙動
△: 小節幅の伸縮挙動の後に個別の音符間隔の伸縮挙動が表れる
変化なし: 音符間隔は変化しない

 このように一段一小節法を使えば、個別の音符間隔の伸縮挙動のみのシンプルな機能として割振りが機能するようになります。また「加算されたスペース」が含まれていないスペースを短縮させることはできないことから、「割振り」の伸縮機能は「加算されたスペース」を伸縮させる機能であることがわかります。

「割振り」で音符間隔を調整するには

 「割振り」では「素の音符間隔」を狭めることは出来ません。「素の音符間隔」を個別に狭めるためには、狭めるところ以外の音符間隔を全て広げることで、相対的に狭めることができます。狭めるところ以外の音符間隔を全て広げるためには、「音価分割テクニック」を用います。これは全ての音符間隔を休符によって等分割する方法です。詳しくは以下の記事を見てください。


 「音価分割テクニック」を用いることで、「加算されたスペース」の含まれないセグメントを作り出すことが出来ます。「加算されたスペース」が含まれるセグメントとそうでないセグメントでは、同じだけスペースを増やそうとしても、異なる「割振り」の数値を用いなければなりませんが、意図的に「加算されたスペース」を含まないセグメントを作り出すことで、同じ数値を「割振り」に用いて同じだけスペースを調整することが出来ます。

「割振り」は音符間隔の伸縮機能という誤解

 MuseScore 3 では「割振り」の仕様が変更されました。MuseScore 3 ではセグメントを伸縮させるのに、音符の前の間隔だけで調節することになりました。
 確かに、音符間隔の伸縮機能であれば、音符の前後2方向共に伸縮させる必要はなく、片側の間隔が調整できれば十分です。しかしながら、音符間隔の調整機能であれば、音符の「前の間隔」ではなく「後の間隔」の方を調節機能として残すべきであり、「前の間隔」に集約したことは理にかなっていません。更にもともとは「加算されたスペース」の調整機能であることを考えれば、音符間隔の伸縮機能として作り変えること自体が間違っています。

 音符間隔の調整機能としてみても、「割振り」の挙動はMuseScore 2 よりも使えない代物になってしまっています。「割振り」のスペースの縮小に下限が設けられ、一定以上数値を下げると却って音符間隔を広げてしまう謎仕様となってしまっています。これにより、「音価分割テクニック」を音符間隔を狭める用途で使うことは難しくなりました。
 当然ですが、MuseScore 2 では「割振り」の間隔の数値を減らし続ければ、間隔がどんどん狭めっていきます。数値を減らした結果、間隔が増えるということは、まずありません。「後の間隔」を減らした時に末尾の小節線よりも後ろに張り出すことで、若干間隔が増えてしまう現象はありますが、末尾の音符と小節線までの間隔が減ったことによる現象ですので、問題ではありません。
 MuseScore 3 では、「割振り」の間隔の数値を一定以上減らすと、逆に間隔が増えてしまいます。意味が分かりませんね。

 MuseScoreには、現時点での最新のMuseScore 4 であっても、「素の音符間隔」を狭める手段がないにも関わらず、個別に音符間隔を狭める調整を必要とする場面は未だ残っています。音符間隔を狭める最も合理的な手段は「音価分割テクニック」でしたが、音符間隔が狭まる度合いが制限されている以上、使える場面も限定される結果になっています。実質的には使えません。

 MuseScore 4 においても「割振り」の機能自体はMuseScore 3 のものをほぼ継承しているので、同じ問題を共有しています。つまりあまり使い物にはならないということです。

結局のところ「割振り」の機能って何なの?

 「割振り」の伸縮機能は、臨時記号などによる「加算されたスペース」の伸縮機能です。間隔を増やせば「加算されたスペース」が増やされ、間隔を減らせば「加算されたスペース」を減らします。「加算されたスペース」が無い場合は、間隔の値を減らしても、間隔は変化しません。しかしながらMuseScoreの小節が独立して伸縮する挙動によって、「割振り」で本来の機能に反して小節全体が伸縮することがあります。こうした挙動は「一段一小節法」で無効化することができます。MuseScore 2 で「一段一小節法」を用いた時の「割振り」の挙動はまさしく「加算されたスペース」の伸縮機能としてのシンプルな挙動のみを示しており、この挙動がおそらく「割振り」の本来の機能だと言えます。

2022年12月19日月曜日

MuseScore 4 のリリースについて

 12月14日、MuseScore 4 が正式にリリースされました。私はもはやMuseScoreのアンチですが、軽く触った所感をお伝えしたいと思います。


性急すぎたリリース

 はっきり言って、MuseScore 4.0 は正式版としてはお粗末な完成度だと思います。実質αテストだと思った方が良いかもしれません。MuseScore 4.0 ではMuseScore 3 系列に実装されている多くの機能が未実装のままです。また実装されている機能も調整が甘く、使い勝手は良くありません。今、MuseScore 4 に移行するのはオススメしません。ver. 4.3ぐらいまでは待った方が良いと思います。

2022/12/19時点ではMuseScore 3 で実装されている多くの機能がMuseScore 4 では実装されていません。

 MuseScore 3 にあったピアノロールエディターすらMuseScore 4.0 では実装されていません。クローズドαテスト版かな?

 あと今回のMuseScore 4 には、どういうわけかは知りませんが、公式からはリリースノートが出されていません。MuseScore 3 の時にはリリースノートがしっかり公開されていましたが、今回のリリースは色々といい加減な気がします。というかリリースノートが無いとこういう記事書くのに困るんだよ。
リリースノートの一覧には何もない
 リリースノートが無いため、今回はMuseScore 4 の新機能や変更点の概略は面倒くさいので書きません。軽く触ってみて気になった点を中心に書きます。

インスペクタからプロパティタブへ

 MuseScore 4 では、MuseScore 2 やMuseScore 3 でのインスペクタの代わりに、プロパティが左側にタブの1つにまとめられています。この配置では、記号や音符に対して調整を加える時にいちいちタブを切り替える必要があるので、個別調整を多用するユーザーにとって不便だと思います。幸いなことにプロパティタブをドラッグすると任意の場所に移動できるので、インスペクタに慣れているユーザーは従来通り右側に配置すると使いやすいでしょう。

連桁の調節が終わってる

 MuseScore 4.0 では、実質的に連桁の微調整は諦めた方が良いです。大きく機能が変わったわけではありませんが、使用感に関してはかなり劣化しました。

矢印キー1回あたりの移動量

 まず矢印キー1回あたりの移動量がMuseScore 3 から変更され、大きく移動するようになりました。これでは正直移動量が大きすぎて、細かい調整には向きません。正直使いにくいです。矢印キー1回あたりの連桁の移動量は、MuseScore 3 までの仕様が最適なものであって、またDoricoですらアプデでMuseScore 3 までの仕様と同じ移動量に最適化されたという事実もあるので、これは単なる改悪だと思います。実際MuseScore 4.0 ではデフォルトの連桁の傾きに対し、矢印キーの操作では移動量が大きすぎるために、手動で連桁を平行にすることはできないぐらいです。これでは連桁の傾きを修正するのに不便です。
 また、矢印キー1回あたりの移動量が変わったのは連桁だけではありません。この変更により記号類の配置を微調整するユーザーにとっては使用感が大きく変わったと感じられるでしょう。移動量が最適でなければ、記号を理想の位置に配置するのに、別の操作方法をも併用しなければ目的を達成できないので、こうした変更は慣れの問題ではないのです。

連桁の傾き1/4未満の調整ができない

 矢印キーでの操作では連桁の傾きを調整しきれないため、プロパティで直接数値を弄って調整することになりますが、こちらも何故か細かい調整が聞かなくなっています。最小の移動量が矢印キーの半分ほどの移動量になっており、それ未満の数値は連桁の配置に反映されないようになってしまっています。一般的な連桁の調整では何とか使える程度ですが、連桁の太さや間隔を変更した場合にはより微細に連桁を調整する必要があるため、こんな仕様では使えません。MuseScore 3 までではしっかり数値が反映されていて、微細な調整が可能だったので、機能が劣化したというほかありません。

扇型連桁と連桁間隔

 MuseScoreには扇型連桁を作るために、連桁の両側の間隔を個別に変更する機能があります。MuseScore 4.0 ではこの機能のUIが変更されました。連桁の片側を8分音符、もう片側を32分音符に段階的に変化するような、扇形連桁を作る場合はわかりやすく手軽になっていますが、両側を弄って連桁そのもの間隔を個別調整したい場合は考慮されていません。

連桁両端の間隔を等しい値にすると、
間隔調整のプロパティは隠される
 MuseScore 4.0 のプロパティで扇形連桁を選択すると、連桁の両端の間隔が強制的に1と0にされる上に、仮に既に両端の間隔を1.3などに設定していた場合も強制的に数値が1と0に上書きされます。また、両端を同じ数値にしている場合は、両端の間隔を調節する部分が隠されてしまうので、あとから調節し直す時には再び扇形連桁のアイコンを選択する必要があります。つまり調整を1からやり直すことになるのです。

連桁の間隔を調整後、
再選択すると数値がリセットされる

 そもそも4.0では扇形連桁を作る場合においても、連桁の間隔を弄っても数値が保持されないという致命的なバグがあります。つまり個別調整は不可能です。


 これらの不適切な変更を考慮すれば、MuseScore 4.0 では連桁を調整することは現実的にはしんどい作業になってしまいました。やらない方が良いですし、連桁を調整する必要があるならMuseScore 4.0 を使うべきではありません。

近くのエレメントに選択を吸われる現象

スラーの調整ポイントの□を選択しても、連桁に選択がいく現象
 MuseScoreでは、これまでも線記号においてはカーソルの当たり判定が大きく、接近した他の要素のカーソル選択に干渉する現象がありました。MuseScore 4.0 は酷いです。明らかに別の記号や編集点を確実に選択しても、他の記号に選択が吸われてしまう現象があります。これでは記号の位置の調整をするときにストレスフルなので、記号の位置調整をMuseScore 4.0 でするのはオススメしませんし、MuseScore 4.0 を使うべきではありません。


手動調整を制限する自動配置機能

 MuseScore 3 で導入された記号類の衝突を自動で避ける自動配置機能は、自動配置というよりも、記号類の衝突を制限する機能です。これは手動調節による記号の衝突を制限する結果となり、手動調節を阻害する要因となっています。MuseScore 4.0 では手動調節の排除の度合いがより強化され、自動配置が有効な場合には、ほぼ手動調節はできません。
MuseScore 4.0 では自動配置は音符間隔調整をも制限する
 MuseScore 4.0 では「加算されたスペース」によって広げられた間隔は、自動配置による制限の対象であり、自動配置を無効にしなければ、狭めることはできません。
MuseScore 3 では自動配置が有効でも間隔は狭められる
 MuseScore 3 では自動配置が有効であっても、「割振り」の「前の間隔」を減らしていけば、「加算されたスペース」分の間隔を狭めることができます。

 自動配置が干渉するスペースを調整するには、自動配置をオフにするほかありませんが、MuseScoreの音符や記号の配置は自動配置機能がすでに前提となっており、自動配置を無効にすると配置が乱れてしまいます。つまり手動調節をするのであれば、自動配置の恩恵はほとんど受けられず、MuseScore 2 よりも酷い状態から全て手動で記号の位置を配置し直すことになります。であれば、MuseScore 2 を使った方が良いでしょう。

重ね順はココ

 MuseScore 3 での数少ない改良点の一つに「重ね順」という機能がありますが、そのUIも変更が加えられ、分かりにくくなっています。
 「編曲」は誤訳ですが、ここで重ね順を変えることができます。

水平スペーシングの改善

 MuseScore 4.0 ではMuseScoreの伝統的な音符間隔配置の欠陥が修正されています。スペーシング比率に基づいて音符間隔が決められるようになりました。これによりデフォルトでは小節ごとに音符間隔が変わる問題が解消されました。また三連符に対する八分音符のような場合でも、短い方の音符間隔を広げずに八分音符が配置されるようになりました。

小節幅の伸縮

 MuseScore 3 では小節幅の伸縮機能が非常に制限されており、使えるものではありませんでしたが、MuseScore 4.0 では一定の改善が行われ、そこそこ機能するようになりました。とは言っても、全体の音符間隔が揃うようになっているので、小節を個別に伸縮させると音符間隔を崩す結果になります。MuseScore 4.0 ではこの機能は使わない方が綺麗な楽譜を作りやすいでしょう。この機能自体もMusScore 2 であればより制限なく使えるのですがね。

VSTに対応

 VSTに対応したのはMuseScore 4 の目玉ですが、ピアノロール機能が削除されている現状では、MuseScoreをDAWとして運用するほどのものではないかもしれません。私は音源屋ではないので興味ありませんが。

浄書サンプル

 最後にMuseScore 2 とMuseScore 4 の浄書サンプルを作成したので、ここに置いておきます。このぐらいの浄書をやってみた上での感想でした。



浄書雑感6 音友『佐藤慶次郎 ピアノのためのカリグラフィー』

 本記事は、 楽譜組版 Advent Calendar 2023 の22日目の記事です。  音楽之友社から「現代日本の音楽」という楽譜シリーズが出版されています。この楽譜シリーズは日本の現代音楽の楽曲を取り扱っており、"なんかスゴイ"楽譜が沢山あります。そう...