2021年11月26日金曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第四回

 第四回では、音符間隔の個別調整について記します。流儀によって個別調整を行うか否か、またその調整の程度などはそれぞれ異なります。つまりここに記したことは、やってもやらなくてもどちらでも構わないのです。

符尾の方向による視覚的補正

 符尾の上下の違いによって、音符間隔が狭まって見えたり、広がって見えたりします。このことを補正するため、音符間隔を個別に調整することがあります。特に連桁が譜表を跨いでいる譜例では、符幹の間隔を優先させて揃えた方が、等間隔に見えるでしょう。補正の掛け方は流儀によって異なり、譜表を跨ぐ連桁では、符幹を等間隔にする流儀から等間隔の一歩手前までの補正に留める流儀も考えられます。

上昇音形と下降音形

 符尾の上下の違いだけでなく、上昇音形と下降音形にまで音符間隔の補正範囲を広げる流儀もあります。すなわち上昇音形では音符間隔を広げ、下降音形では狭めます。

上昇音形と下降音形の最短間隔

 水平スペーシングの密度が極めて高い場合、隣り合う符頭の接触回避に必要なスペースは、上昇音形と下降音形で異なります。符頭は右上方向の楕円形状のため、下降音形では上昇音形よりもスペースを短縮することができます。

異なる声部・譜表間のスペース短縮

 声部の分かれた音形では、右図のように音符間隔を短縮する考え方があります。右図上は2拍目下声部の四分音符の拍が2.5拍目の上声部の八分音符によって、八分音符2つの拍に分割されています。2.5拍目の八分音符の間隔は、八分音符がそこにあるので、音価分のスペースを保つ必要がありますが、2~2.5拍の部分は狭めることができます。この部分を狭めることによって、下声部の1拍目と2拍目の四分音符の間隔の差を少なくすることができます。このスペーシングの処理は、対数的スペーシングで起こる音符間隔の歪みを少なくすることができます。またこのスペーシングの処理は、声部だけでなく異なる譜表間でも有効です。

部分的な比例的スペーシング

 第一回でも言及しましたが、部分的に比例的スペーシングを適用することは一つの方法です。右図下では、八分音符は十六分音符の2倍のスペースを持つ比例的なスペーシングになっており、八分音符の間隔を揃えています。ただし六連符の部分には比例的スペーシングを適用していません。その結果、六連符の部分の八分音符は、他の八分音符よりも間隔が広くなっています。
 一般的に比例的スペーシングを適用すると、音価の短い方の音符間隔が狭くなります。右図の十六分音符の間隔を比較すると、対数的スペーシングよりも比例的スペーシングの十六分音符の間隔が狭くなっています。対数的スペーシングの方が音符間隔に余裕があり、一段により多くの小節を入れることができるため、一般的には対数スペーシングが用いられます。ただ、部分的に比例的スペーシングを適用するのは、スペーシングの一つの手段として有効です。

ローカルスペーシング

 加算されたスペースが含まれる譜例で、上下で異なる比率の連符で構成される右図のような譜例の場合、通常のスペーシングでは右図上のように三連符の音符間隔は上の五連符に掛かる臨時記号の加算されたスペースによって、部分的に広げられます。この部分的に広げられたスペースを、連桁で区切られたグループ毎に均等に分配すると右図下のようになります。
 ローカルスペーシングを適用しない右図上の譜例では、加算されたスペースによって広げられた部分以外の三連符の間隔は全て揃っています。一方でローカルスペーシングを適用した右図下の譜例では、ローカルスペーシングの区画毎に三連符の間隔は異なります。

リズムの縦を揃えない譜例

 音符間隔において、異なる譜表であっても同拍にある音符の縦のラインは揃えますが、場合によっては多少前後にずらすことを許容することがあります。このようなスペーシングも、部分的にスペースを均等に割り振っているため、ローカルスペーシングの一種と言えます。

・歌詞付き

 欧文の歌詞の譜面では、音符間隔は歌詞のスペースの確保のために増減します。このために音符間隔の歪みが生じます。これを解消するために、他のパートとの縦の同期を切って、音符間隔を揃えることがあります。

・別々の譜表間

 こうした縦の同期を切った音符間隔の調整は、右図のように欧文歌詞だけでなく別々の譜表間でも可能です。こうした縦を揃えないスペーシングは、譜表やパート毎の関係性が薄ければ薄いほど、つまり演奏時に別のパートを見ないような関係性であるほど有効であり、逆に密接であればあるほど、やらない方が良いでしょう。右図でも八分音符の部分では、拍が揃っていないことが明らか過ぎて奏者に困惑をもたらす恐れがあるので、やらない方が良いでしょう。しかしながら、スペーシングの選択肢として縦を揃えないローカルスペーシングは、考慮に入れられると良いでしょう。

 今回は音符間隔の個別調整で取ることができるいくつかの考え方をまとめました。ここに記したことは、必ずしもする必要はありませんし、やってもやらなくても良いです。またその中間の調整に留めておくことも十分考えられます。今回の記事を通じて、楽譜浄書のスペーシングの選択肢を増やしていただけたら幸いです。次回は、今までの記事の内容を用いて、実際の譜例を分析していきたいと思います。

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