2020年2月8日土曜日

浄書雑感5 春秋社『フランク集 1・2』

最小のスペースに記号を効果的に配置してある。スペーシングの妙技。
 今回は春秋社の『フランク集 1』及び『フランク集 2』の浄書を紹介し感想を述べたいと思います。この楽譜は絶版となっており、非常に入手が困難ですが、1990年代のコンピュータ浄書の中で最も傑出した浄書の一つだと思います。コンピュータ浄書において彫版浄書やハンコ浄書を超えるものがあるとすれば、今回紹介する浄書以外に見つけるのは非常に困難だと思われます。楽譜のどの部分を見ても非凡な水準で浄書されており、本音を言ってしまえば、私はこの楽譜の全てのページをここに載せたい(勿論そんな事はしません)。

接触を許容すること

 この楽譜が他のコンピュータ浄書と比べて特異な点は、記号の接触を場合によって許容することです。一般的には記号と記号の接触は避けるべきですが、限られたスペースに楽譜を収める場合は接触を許容すべき時もあります。上の譜例の"BACH"とスラーの接触は、回避するには譜表間隔を広げる必要があります。「記号の衝突回避より大事なこと。」で述べましたが、楽譜浄書ではスペースを広げないように、記号の接触を許容することも必要です。右の譜例の"sempre p ed uguale"がスラーと符幹に堂々と接触していますが、これを譜例と同じ条件で接触を回避させるとむしろ音符が見にくくなってしまいます。同じスペースに収めるならこの譜例は接触している方が実は見やすいのです。

 もちろん支障なく記号の接触を回避できるところでは、この楽譜は下2つの譜例の"lento"や"(quasi arpa)","(simile)"のように抜かりなく回避しています。

音符間隔の限界点を攻める
 この譜例を見てください。音符間隔が極めて狭くなっているどころか、左図で抜粋したところは隣り合う音符が重なる程まで、音符が詰め込められています。同じ条件で浄書する場合、隣り合う音符の接触を回避するには、五線を小さくするか、1段3小節入れるのを諦めて2小節に留めるしかありません。どの手段も妥協です。妥協しなかった結果重なり合う音符を許容したのです。私は自分の浄書では流石に隣り合う音符が重なる程の音符間隔にGoサインを出せる胆力はありません。敢えてこれが出来る浄書家は凄いと思います。浄書雑感1で紹介した浄書でも、非常に音符間隔を攻めた浄書でしたが、音符が重なる程では無かったです。
 この譜例も相当音符間隔を攻めています。当たり前のように個々の加線の長さを調節しているのが抜粋した左図を見ればわかると思います。強いて言えば、調号と1拍目の臨時記号の間のスペースはもう少し欲しいところですが、そんなスペースはどこにもありません。

特殊な形のスラー
 コンピュータ浄書では殆どのソフトではスラーはベジェ曲線で描かれますが、全てのスラーに対応できる訳ではありません。彫版浄書やハンコ浄書では、長いスラーは中央部が直線に近い形状で描かれることがありました。ベジェ曲線のスラーではそういう形状にはなりません。
 今回の楽譜では、右図のようにベジェ曲線では描くことの出来ない特殊な形状のスラーがいくつか登場します。どうやらこの楽譜を作成するのに使われた「TOPPAN New Scan-note」 (*) では普通のスラーとかまぼこ型のスラーの2種類の形状が用意されているらしいです。それに加え画像描画ソフトAdobe Illustratorも駆使し描かれているようです。
*星出尚志氏のホームページWeb楽譜批評「スキャンノートの実力」を参照

 一箇所指摘するとしたら、左図の⇔で示した箇所は、八分音符分の間隔よりも多く広げてしまっています。⇔で示した部分は、下のように他の八分音符と同じような間隔とすべきでしょう。
*小節の5~6拍目を左右で異なる音符間隔にしているが、考え方の違いなので左右どちらも可。
いずれにしても4~5拍目の八分音符の間隔は1~2,2~3拍目の八分音符の間隔と同じになるべきだろう。

 さて『フランク集』の浄書を手掛けた、神野浄書技研の同じ時期の浄書で、現在も入手可能なのは、春秋社の『園田高弘校訂版 ベートヴェン・ピアノ・ソナタ』シリーズの一部の作品があります。『フランク集』程複雑ではないにしても、十分に神野浄書技研特有の技巧が散りばめられた浄書となっています。少なくとも同時代の他のコンピュータ浄書とは比べるまでもなく秀でています。是非とも浄書に興味関心があるならば、一度手に取ってみるべきだと思います。

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