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2025年3月14日金曜日

Doricoの音符間隔機能、さてはビミョーだなこれ

一見使い勝手良さげに見える「音符のスペーシングの変更」

 Doricoの音符間隔の機能は、一見他の浄書ソフトよりも先進的で使いやすいように思えます。しかし、実際に音符間隔の機能を使って、音符間隔を調整しようとすると、思ったほどうまく機能しないことに気づきます。今回はDoricoの音符間隔の基本的な機能を紹介するとともに、その問題点を解説します。


それぞれの項目が矛盾し相反している

4分音符のデフォルトのスペーシング

 まず、音符間隔というのは一段に入れる音符の数によって、変わってくるものです。当然、4分音符の間隔も、段の密度によって伸縮するので、具体的な幅を最初から決めつけることはできません。ユーザーにとってはこの設定項目は、直感的には実際の譜面上でどのように機能するか想像しづらいものでしょう。しかしながら実はDoricoはこの値を音符間隔の計算の基準にしてしまっているので、細かい調整を行う際にはユーザーはこの設定を考慮に入れなければならないものになってしまっています。

 では「4分音符のデフォルトのスペーシング」とは一体どんな機能でしょうか。実は音符間隔をスペーシング比率で計算する際に、この値が全ての基準になっており、この値によって求められた各音符の間隔値を用いて、一段の密度が求められています。譜面上に表示されている実際の音符間隔は、水平スペーシング密度が100%になるように伸縮して表示しています。つまり、水平スペーシング密度が90%の場合、10/9倍して表示されていると言えます。

 ここで厄介なのは、Doricoの水平スペーシングの密度は、100%を超えると必要な間隔が破棄されたり、不必要な間隔が突然出現したりする不具合があることです。「4分音符のデフォルトのスペーシング」の値は、水平スペーシングの密度が100%を超えないように設定しなければなりません。

水平スペーシングの密度が100%を超えると、必要なスペースが破棄される

水平スペーシングの密度が100%を超えると、不必要なスペースが突然出現する
 さて、水平スペーシングの密度が100%を超えないように設定するには、一見、4分音符のデフォルトのスペーシングの値を低くすればよいように思われます。実際その通りですが、しかしながら、この値を過剰に下げると、また具合の悪いことが起こってしまうのです。

 音符間隔を個々に調整する際、1操作単位の伸縮幅は、水平スペーシングの密度に依存します。つまり水平スペーシングの密度が高ければ、"Alt+矢印キー"での音符間隔の伸縮量が小さくなり、低ければ伸縮量が大きくなります。「4分音符のデフォルトのスペーシング」の数値を上げれば、水平スペーシングの密度が上がるのでより細かい単位で音符間隔を伸縮させ調整することが可能です。しかしながら前述した通り、水平スペーシングの密度は100%を超えると不具合があるため、原則100%を超えないように数値を調整する必要があります。

上段の方が密度が低いので、1操作単位の伸縮量が大きい
※GIF上の伸縮量はCtrlキー併用
水平スペーシングの密度が同じ場合、伸縮量が同じ

 ただ、水平スペーシングの密度が100%近くになるように数値を調整しても、音符間隔の1操作単位の伸縮幅が大きすぎる場面があるのです。更に困ったことに、音符間隔の伸縮量を数値で手入力することが出来ないので、1操作単位の伸縮幅より細かく伸縮させる方法がないのです。

細かく調整するには伸縮量が大きすぎる

短音符のスペーシング最小値

 一見するとこの機能は、音符間隔の最小値を設定できるように思えます。しかしながら「短音符のスペーシング最小値」を設定したところで、その間隔は水平スペーシングの密度によって伸縮してしまうのです。水平スペーシングの密度が低ければ低くなるにつれ、「短音符のスペーシング最小値」で指定した実際の音符間隔はどんどん広くなってしまいます。この機能によって最小の音符間隔を固定することはできないのです。したがって、ほとんどこの機能は意味をなしていないと言えます。

上下同じスペーシング比率だが、そうは見えない

 この機能が、水平スペーシングの密度の低下に伴い最小の音符間隔が増大する問題を抱えるため、設定値を原則「0」に設定してしまうのが良いでしょう。たとえ「短音符のスペーシング最小値」が「0」であっても、Doricoの標準設定では、隣り合う音符の接触は自動で回避されます。

 レイアウトオプション「音符のスペーシング」の詳細設定で、楽譜の両端揃えを行う場合に「理想的な幅のみを使用」する設定にしている場合、臨時記号などの記号類の接触回避が行われず、スペーシング比率に基づいた音符間隔が優先されます。その設定においては、「短音符のスペーシング最小値」が「0」の場合、密度によっては隣り合う音符がお互いに接触してしまうことがあります。その場合は必要最小限の数値を入力して接触を解消するのが良いでしょう。その場合は、「1+1/4」前後が適当です。

実際の幅を使用 = 臨時記号等の固定スペースを考慮し衝突回避が行われる
理想的な幅のみを使用 = 固定スペースによる衝突回避は行われない
デフォルト設定の「実際の幅を使用」では「短音符のスペーシング最小値」が0でも衝突回避される

 臨時記号とかは固定幅でスペーシングが計算できているのに、「短音符のスペース最小値」が固定幅にならないの謎すぎる……特殊な状況下にない限り、意味を為さない機能なので、「短音符のスペーシング最小値」は「0」で良いのです。


スペーシングの比率

 「スペーシングの比率」は、ある音符に対し2倍の音価をもつ音符の間隔を、R倍に設定して定めるようにして音符間隔を決める際の、比率Rのことです。スペーシング比率が1.5の時、四分音符が1cmの間隔を持つ小節では二分音符は1.5cmの間隔になります。このスペーシング比率に関しては、以前にこちらの記事で解説しています。

 スペーシング比率が高ければ、長い音符がより大きい音符間隔を取ることになります。このため音符間隔の密度が低い譜面に向いていると言えます。


 反対に、音符間隔の密度が高い譜面に対しては、スペーシング比率が低い方が適していると考えられます。

 さて、このように高密度な譜例ではスペーシング密度を下げるべきですが、Doricoの挙動では、スペーシング比率を下げると却って水平スペーシング密度が高くなってしまうことがあります。

 Doricoにおいて、四分音符より大きい音符が多い譜例では、スペーシング比率を高くすると、水平スペーシング密度も高くなります。これはDoricoのスペーシングが四分音符を基準に計算されるため、四分音符よりも大きい音符の計算上のスペースが大きいものになるためです。

音価の長い音符が多い低密度な譜例では、スペーシング比率を上げると水平密度も上がる

 反対に、四分音符より小さい音符が多い場合に、スペーシング比率を低くすると、却って水平スペーシング密度が高くなってしまいます。四分音符より小さい音符では、スペーシング比率が低い方が、四分音符に近い音符間隔になるため、数値上はスペーシング密度が上昇します。

音価の短い音符が多い高密度な譜例では、スペーシング比率を下げると却って水平密度が上がる

 高密度な譜面では、スペーシング比率を下げたいものです。しかしスペーシング比率を下げると、ただでさえ密度が高いのにも関わらず、水平スペーシング密度の数値が上昇してしまいます。

 一応、スペーシング比率を下げて水平スペーシング密度が高くなった場合でも、「四分音符のデフォルトのスペーシング」の数値を下げることで、水平スペーシング密度を下げることができます。この時に「短音符のスペーシング最小値」が「0」であれば、「四分音符のデフォルトのスペーシング」が「0」ではない限り、その数値を下げていっても音符間隔が大きく変化することはありません。


水平スペーシング密度を常に管理する必要がある

 これらの仕様により、Doricoで音符間隔を調整する際に、思ったよりも上手くいかないことがあります。特に、水平スペーシングの密度が100%を超えると起こるバグは厄介です。このため音符間隔を調整する際に、水平スペーシング密度を常に制御する必要があります。

 水平スペーシングの密度を一定範囲内に収めるために、音符間隔を個別に調整する前に以下のことはやっておきましょう。

 ・「短音符のスペーシング最小値」をレイアウト設定から予め「0」にしておく

 ・各組段に「音符スペーシングの変更」を挿入しておく

 ・組段毎の音符密度から直感的に決めた「スペーシング比率」に設定する

 ・水平密度を90%前後にするため「4分音符のデフォルトのスペーシング」の値を調整する

 これらのことを行ってから音符間隔を調整すれば、変な破綻を起こさずに合理的に音符間隔を調整することができると思います。Doricoの癖に結構な手間ですが、はじめから調整不要な組段には、「音符スペーシングの変更」でスペーシングを保護していれば、他のことは行う必要はないですし、浄書オプションの設定を煮詰めていけば個別調整の必要な個所を減らせるでしょう。Doricoは、Doricoの弱点を理解しつつ、上手に付き合っていくことが求められる面倒くさいソフトウェアだと言えます。

…

……

装飾音符のスペーシングもなんか挙動が面倒くさいんだよなぁ


2023年1月22日日曜日

「割振り」完全解説

 突然ですが、MuseScoreの音符間隔を調整する機能「割振り」を完全解説します。

 残念ながらMuseScoreの開発陣は「割振り」の機能を理解していないっぽいので、MuseScore 2 という昔のMuseScoreを用いて解説します。

「割振り」は音符間隔の伸縮機能ではない

 「割振り」は音符間隔の伸縮機能ではありません。「加算されたスペース」の調整機能です。「加算されたスペース」というのは、臨時記号などによって音符間隔の前後に足されたスペースのことです。MuseScoreでは音符間隔の各区間をセグメント*と呼称しています。

*日本語訳では「割振り」という意味の通りにくい翻訳になっています。

 「割振り」では音符間隔に追加で足されたスペースのみを調整するため、それら「加算されたスペース」が含まれていない音符間隔を狭めることは出来ません。「加算されたスペース」が含まれない音符間隔のことを「素の音符間隔」と呼びます。

 さてMuseScoreは小節に含まれるスペースの量によって、小節自体が水平スペーシングの整合性を無視して独自に伸縮します。それには「加算された」スペースも含まれます。故に「割振り」の機能には「加算されたスペース」の伸縮挙動の他に、小節全体の伸縮挙動が現れることがあります。つまり個別の音符に対し音符間隔を伸縮させようとしても、条件によっては小節全体が伸縮します。

 この余計な挙動を防ぎ、「割振り」の「加算されたスペース」を伸縮する挙動だけを機能させるには、「一段一小節法」を使います。「一段一小節法」については以下の記事を見てください。


 「一段一小節法」を使った時の「割振り」の挙動は以下の通りです。このように「一段一小節法」を使えば、小節全体の伸縮挙動を回避して「加算されたスペース」が含まれる音符間隔のみを狭めることができます。

MuseScore 2.3.2 で「前の間隔」を減らした時の挙動

MuseScore 2.3.2 で「後の間隔」を減らした時の挙動

 これらの挙動を表にまとめると次のようになります。



一段一小節法アリ

一段一小節法ナシ

前の間隔を増やす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

○

○

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

○

△

加算されたスペース無

○

△

前の間隔を減らす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

○

○

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

変化なし

×

加算されたスペース無

変化なし

変化なし

後の間隔を増やす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

○

○

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

○

△

加算されたスペース無

○

△

後の間隔を減らす

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げている場合

○

○

加算されたスペースが個別の音符間隔を広げていない場合

変化なし

×

加算されたスペース無

変化なし

×

○: 個別の音符間隔の伸縮挙動
×: 小節幅の伸縮挙動
△: 小節幅の伸縮挙動の後に個別の音符間隔の伸縮挙動が表れる
変化なし: 音符間隔は変化しない

 このように一段一小節法を使えば、個別の音符間隔の伸縮挙動のみのシンプルな機能として割振りが機能するようになります。また「加算されたスペース」が含まれていないスペースを短縮させることはできないことから、「割振り」の伸縮機能は「加算されたスペース」を伸縮させる機能であることがわかります。

「割振り」で音符間隔を調整するには

 「割振り」では「素の音符間隔」を狭めることは出来ません。「素の音符間隔」を個別に狭めるためには、狭めるところ以外の音符間隔を全て広げることで、相対的に狭めることができます。狭めるところ以外の音符間隔を全て広げるためには、「音価分割テクニック」を用います。これは全ての音符間隔を休符によって等分割する方法です。詳しくは以下の記事を見てください。


 「音価分割テクニック」を用いることで、「加算されたスペース」の含まれないセグメントを作り出すことが出来ます。「加算されたスペース」が含まれるセグメントとそうでないセグメントでは、同じだけスペースを増やそうとしても、異なる「割振り」の数値を用いなければなりませんが、意図的に「加算されたスペース」を含まないセグメントを作り出すことで、同じ数値を「割振り」に用いて同じだけスペースを調整することが出来ます。

「割振り」は音符間隔の伸縮機能という誤解

 MuseScore 3 では「割振り」の仕様が変更されました。MuseScore 3 ではセグメントを伸縮させるのに、音符の前の間隔だけで調節することになりました。
 確かに、音符間隔の伸縮機能であれば、音符の前後2方向共に伸縮させる必要はなく、片側の間隔が調整できれば十分です。しかしながら、音符間隔の調整機能であれば、音符の「前の間隔」ではなく「後の間隔」の方を調節機能として残すべきであり、「前の間隔」に集約したことは理にかなっていません。更にもともとは「加算されたスペース」の調整機能であることを考えれば、音符間隔の伸縮機能として作り変えること自体が間違っています。

 音符間隔の調整機能としてみても、「割振り」の挙動はMuseScore 2 よりも使えない代物になってしまっています。「割振り」のスペースの縮小に下限が設けられ、一定以上数値を下げると却って音符間隔を広げてしまう謎仕様となってしまっています。これにより、「音価分割テクニック」を音符間隔を狭める用途で使うことは難しくなりました。
 当然ですが、MuseScore 2 では「割振り」の間隔の数値を減らし続ければ、間隔がどんどん狭めっていきます。数値を減らした結果、間隔が増えるということは、まずありません。「後の間隔」を減らした時に末尾の小節線よりも後ろに張り出すことで、若干間隔が増えてしまう現象はありますが、末尾の音符と小節線までの間隔が減ったことによる現象ですので、問題ではありません。
 MuseScore 3 では、「割振り」の間隔の数値を一定以上減らすと、逆に間隔が増えてしまいます。意味が分かりませんね。

 MuseScoreには、現時点での最新のMuseScore 4 であっても、「素の音符間隔」を狭める手段がないにも関わらず、個別に音符間隔を狭める調整を必要とする場面は未だ残っています。音符間隔を狭める最も合理的な手段は「音価分割テクニック」でしたが、音符間隔が狭まる度合いが制限されている以上、使える場面も限定される結果になっています。実質的には使えません。

 MuseScore 4 においても「割振り」の機能自体はMuseScore 3 のものをほぼ継承しているので、同じ問題を共有しています。つまりあまり使い物にはならないということです。

結局のところ「割振り」の機能って何なの?

 「割振り」の伸縮機能は、臨時記号などによる「加算されたスペース」の伸縮機能です。間隔を増やせば「加算されたスペース」が増やされ、間隔を減らせば「加算されたスペース」を減らします。「加算されたスペース」が無い場合は、間隔の値を減らしても、間隔は変化しません。しかしながらMuseScoreの小節が独立して伸縮する挙動によって、「割振り」で本来の機能に反して小節全体が伸縮することがあります。こうした挙動は「一段一小節法」で無効化することができます。MuseScore 2 で「一段一小節法」を用いた時の「割振り」の挙動はまさしく「加算されたスペース」の伸縮機能としてのシンプルな挙動のみを示しており、この挙動がおそらく「割振り」の本来の機能だと言えます。

2022年1月16日日曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第五回

 前回までは、水平スペーシングで考慮される様々なスタイルをまとめました。第五回では、今までの内容を用いて実際の浄書例を分析したいと思います。

ヘンレの彫版浄書

 ヘンレでは2000年頃に至るまで、彫版浄書と呼ばれる手法で楽譜が浄書されていました。以下の動画では彫版浄書の様子が記録されています。ヨーロッパでは浄書ソフトが普及する以前はこのような方法で楽譜が作られていました。
 この譜例は、2003年に出版されたヘンレ原典版のシューマン, Novelletten op.21から抜粋したものです。2003年に出版されたものですが、彫版による浄書でコンピュータ浄書ではありません。人間の手で浄書されているにもかかわらず、図示した部分において全ての音符間隔を「素の音符間隔」と「加算されたスペース*が含まれる音符間隔」に分けることができます。それだけそれらのスペースを区別し正確な間隔で版刻されていたということです。
 「加算されたスペース」が広く取られている一つの要因として、赤枠で示した「スペーシングブロック**」が考えられます。第123小節の赤枠部では、2点ト音の真下のスペースに1点ト音の♮を入れることが可能ですが、「スペーシングブロック」によってスペースが広げられています。また第125小節の赤枠部も同様です。ここで面白いのは、符鉤単体では「加算されたスペース」としては考慮されていないのにかかわらず、「スペーシングブロック」には考慮されている点です。このように音符間隔の精度の高い浄書からは、かなり細かい流儀を読み取ることが可能です。

2021年11月26日金曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第四回

 第四回では、音符間隔の個別調整について記します。流儀によって個別調整を行うか否か、またその調整の程度などはそれぞれ異なります。つまりここに記したことは、やってもやらなくてもどちらでも構わないのです。

符尾の方向による視覚的補正

 符尾の上下の違いによって、音符間隔が狭まって見えたり、広がって見えたりします。このことを補正するため、音符間隔を個別に調整することがあります。特に連桁が譜表を跨いでいる譜例では、符幹の間隔を優先させて揃えた方が、等間隔に見えるでしょう。補正の掛け方は流儀によって異なり、譜表を跨ぐ連桁では、符幹を等間隔にする流儀から等間隔の一歩手前までの補正に留める流儀も考えられます。

上昇音形と下降音形

 符尾の上下の違いだけでなく、上昇音形と下降音形にまで音符間隔の補正範囲を広げる流儀もあります。すなわち上昇音形では音符間隔を広げ、下降音形では狭めます。

上昇音形と下降音形の最短間隔

 水平スペーシングの密度が極めて高い場合、隣り合う符頭の接触回避に必要なスペースは、上昇音形と下降音形で異なります。符頭は右上方向の楕円形状のため、下降音形では上昇音形よりもスペースを短縮することができます。

異なる声部・譜表間のスペース短縮

 声部の分かれた音形では、右図のように音符間隔を短縮する考え方があります。右図上は2拍目下声部の四分音符の拍が2.5拍目の上声部の八分音符によって、八分音符2つの拍に分割されています。2.5拍目の八分音符の間隔は、八分音符がそこにあるので、音価分のスペースを保つ必要がありますが、2~2.5拍の部分は狭めることができます。この部分を狭めることによって、下声部の1拍目と2拍目の四分音符の間隔の差を少なくすることができます。このスペーシングの処理は、対数的スペーシングで起こる音符間隔の歪みを少なくすることができます。またこのスペーシングの処理は、声部だけでなく異なる譜表間でも有効です。

部分的な比例的スペーシング

 第一回でも言及しましたが、部分的に比例的スペーシングを適用することは一つの方法です。右図下では、八分音符は十六分音符の2倍のスペースを持つ比例的なスペーシングになっており、八分音符の間隔を揃えています。ただし六連符の部分には比例的スペーシングを適用していません。その結果、六連符の部分の八分音符は、他の八分音符よりも間隔が広くなっています。
 一般的に比例的スペーシングを適用すると、音価の短い方の音符間隔が狭くなります。右図の十六分音符の間隔を比較すると、対数的スペーシングよりも比例的スペーシングの十六分音符の間隔が狭くなっています。対数的スペーシングの方が音符間隔に余裕があり、一段により多くの小節を入れることができるため、一般的には対数スペーシングが用いられます。ただ、部分的に比例的スペーシングを適用するのは、スペーシングの一つの手段として有効です。

ローカルスペーシング

 加算されたスペースが含まれる譜例で、上下で異なる比率の連符で構成される右図のような譜例の場合、通常のスペーシングでは右図上のように三連符の音符間隔は上の五連符に掛かる臨時記号の加算されたスペースによって、部分的に広げられます。この部分的に広げられたスペースを、連桁で区切られたグループ毎に均等に分配すると右図下のようになります。
 ローカルスペーシングを適用しない右図上の譜例では、加算されたスペースによって広げられた部分以外の三連符の間隔は全て揃っています。一方でローカルスペーシングを適用した右図下の譜例では、ローカルスペーシングの区画毎に三連符の間隔は異なります。

リズムの縦を揃えない譜例

 音符間隔において、異なる譜表であっても同拍にある音符の縦のラインは揃えますが、場合によっては多少前後にずらすことを許容することがあります。このようなスペーシングも、部分的にスペースを均等に割り振っているため、ローカルスペーシングの一種と言えます。

・歌詞付き

 欧文の歌詞の譜面では、音符間隔は歌詞のスペースの確保のために増減します。このために音符間隔の歪みが生じます。これを解消するために、他のパートとの縦の同期を切って、音符間隔を揃えることがあります。

・別々の譜表間

 こうした縦の同期を切った音符間隔の調整は、右図のように欧文歌詞だけでなく別々の譜表間でも可能です。こうした縦を揃えないスペーシングは、譜表やパート毎の関係性が薄ければ薄いほど、つまり演奏時に別のパートを見ないような関係性であるほど有効であり、逆に密接であればあるほど、やらない方が良いでしょう。右図でも八分音符の部分では、拍が揃っていないことが明らか過ぎて奏者に困惑をもたらす恐れがあるので、やらない方が良いでしょう。しかしながら、スペーシングの選択肢として縦を揃えないローカルスペーシングは、考慮に入れられると良いでしょう。

 今回は音符間隔の個別調整で取ることができるいくつかの考え方をまとめました。ここに記したことは、必ずしもする必要はありませんし、やってもやらなくても良いです。またその中間の調整に留めておくことも十分考えられます。今回の記事を通じて、楽譜浄書のスペーシングの選択肢を増やしていただけたら幸いです。次回は、今までの記事の内容を用いて、実際の譜例を分析していきたいと思います。

第三回 ← 第四回 → 第五回

2021年9月26日日曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第三回

 第二回では、小節始端・末尾にスペースを付与するかどうかのパターンをまとめました。第三回では、個々の音符に付随する諸記号による「加算されたスペース」の取り扱いについて、考えられるスペーシングをパターンにしてまとめます。

加算されたスペース

 「加算されたスペース」とは、臨時記号・符尾・加線・音部記号などによって、音符間隔に追加で加算されるスペースのことです。この「加算されたスペース」の取り扱いにはいくつかのパターンが考えられます。
 「加算されたスペース」は原則として、隣り合う諸記号と重ならないように設けられます。このときに、どの程度のスペースを設けるかは、流儀によって異なってきます。


スペーシングブロック

 加算されたスペースの要素のうち、臨時記号・加線・符尾などの音符に付される記号と音符自身を一つのブロックとして水平スペーシングを見てみます。音部記号は音符につかない水平スペーシングの要素のため、一つの独立した水平スペーシングのブロックだと見なします。この時に、隣り合うスペーシングブロックが干渉する時に、干渉が許容できるかどうかによって流儀が分かれるでしょう。

 スペーシングブロックに干渉しないスペーシングを表すと下図のようになります。楽譜は左から右に読むものなので、前の音符の水平位置上に次の音符の臨時記号等の付属物が来ないように配置しています。

 スペーシングブロックに干渉しないスペーシングは、スペースの無駄使いに思われる場合もあります。下図のように、スペーシングブロックの干渉を許容し、音符の上下の空いたスペースに、隣り合う音符の付属物の進入を許すスペーシングも考えられます。

 スペーシングブロックには、加算されたスペースを構成する諸因子(音部記号・臨時記号・符尾・付点・加線)のどれを含むかはスタイルや浄書の各場面によって異なります。

 異なる譜表間においては、干渉を許容しないスペーシングブロックを共有することは、あまりありません。奏者が他パートの部分を同時に見る必要性は薄いため、スペーシングブロックの考慮に入れる必要はないのです。ただし、ピアノのような2つの譜表がセットとなった大譜表においては、既に上の図で示したように考慮に入れられる場合もあります。


・音部記号

 音部記号は音部記号の右側から効力を発するので、音部記号の直上や直下は音部記号の切り替わる前の領域だと解釈することができます。従って、スペーシングブロックの干渉を許容し、音部記号の直上や直下のスペースに音符を配置することは可能です。しかしながら、音部記号の直上や直下に音符が配置されるのは音部記号の効力範囲が多少紛らわしく思われるので、音部記号を一つのスペーシングブロックとして考え、音部記号の直上や直下のスペースへの他のブロックの侵入を防ぐことが一般的でしょう。
 私自身としては、上図のト音記号の部分では右図のようにスペーシングブロックの干渉を許容することが多く、ヘ音記号の部分ではスペーシングブロックに干渉しないことが多いです。加算されたスペースの処理について、スペーシングブロックの干渉を許容するかどうかは一律に二者択一ではなく、各々の場面で干渉を許容したりしなかったりします。

・臨時記号、符尾、付点

 臨時記号・符尾・付点などは音符に付される要素なので、これらをまとめて一つのスペーシングブロックとして考えます。

 スペーシングブロックの一例として、干渉を許容しないスペーシングブロックの考慮対象に、臨時記号・アルペジオ・符頭を入れ、付点・符尾(符鉤)は考慮に入れない場合は右図のようになります。このように、何をどの場面でスペーシングブロックに考慮するかは流儀によって異なるでしょう。

・加線

 加線は水平スペーシングのブロックに考慮される場面はほぼないでしょう。ただし加線同士の接触を避けるために加線幅分のスペースを考慮されることはあります。また流儀によっては、加線幅を一定にする必要がなく、音符間隔によって加線幅を伸縮させ、加線による音符間隔への影響を排除するスタイルもあります。
 加線は、符頭から左右に少しでもはみ出していれば、音高を認識することが可能なので、全ての加線幅を一定に保つ必要性はありません。したがって、水平スペーシングの密度によって加線幅を変えても良いのです。なお許容される加線の最小幅は浄書する人によって異なり、その最小幅分のスペースはスペーシングに考慮されると考えられます。


・異なる比率同士の連符

 符頭をスペーシングブロックの要素として考えた時、八分音符に対する三連符などの異なる比率同士の連符のスペーシングでは、右図のパターンが考えられます。しかし、一般的には、スペーシングブロックの干渉を避けることは少ないでしょう。同じ譜表内ではまだしも、右図④のように譜表が異なる場面においては、スペーシングブロックの干渉を避けるメリットはあまり考えられないと思います。

 スペーシングブロックの干渉を全て許容して浄書することは可能なので、スペーシングブロックの干渉を避ける流儀は薄れていってしまいがちです。実際浄書ソフトのDoricoではスペーシングブロックの干渉を全て許容する方針で仕様が定められていますし、私個人の流儀としても、スペーシングブロックの干渉を全て許容して浄書しています。どちらの流儀が優れているかは浄書する個人が決めることですし、一方のみを正しいとするのは浄書の多様性を狭めてしまいます。この記事では、浄書の流儀が分岐するポイントを明らかにすることが目的であり、比較の結果分岐の一方を否定するためではありません。浄書をする上で、スペースを削ったり敢えて増やしたりする場面において、この記事がそれを後押しするための根拠となれば幸いです。したがって方針が一貫してさえいれば、どちらで浄書しても構いません。

 浄書ソフトのDoricoでは、水平スペーシングのブロックの干渉を許容する考え方、すなわちスペーシングブロックの尊重に否定的な考え方に基づいて仕様が決められています。

スペースを広げずとも臨時記号が配置可能なのに、スペースを広げているハンコ浄書の譜例
『リスト集2』 春秋社(1974), p.147
 スペーシングブロックを尊重している譜例は、実際にハンコ浄書にも見られます(上図)。これが当時その浄書家が意図したスペーシングであるかを断定することは簡単ではありません。意図を探るには浄書家本人にインタビューするのが妥当ですが、1980年代に現役の若手浄書家を30歳だと仮定したとしても2020年時点では70歳であるように、ハンコ浄書に従事し十分な技術をもった人たちは亡くなっていっています。もはや彼らが出版譜という形で遺してきた成果物を質・量の両面で分析するしかないでしょう。それらのスペーシングが意図したものであれば、スペーシングブロックという考え方は我々の時代にも遺されるべきものです。

 次回は、「加算されたスペース」以外の要因による音符間隔の調整について記したいと思います。

第二回 ← 第三回 → 第四回



Doricoの音符間隔機能、さてはビミョーだなこれ

一見使い勝手良さげに見える「音符のスペーシングの変更」  Doricoの音符間隔の機能は、一見他の浄書ソフトよりも先進的で使いやすいように思えます。しかし、実際に音符間隔の機能を使って、音符間隔を調整しようとすると、思ったほどうまく機能しないことに気づきます。今回はDoricoの...