前回までは、水平スペーシングで考慮される様々なスタイルをまとめました。第五回では、今までの内容を用いて実際の浄書例を分析したいと思います。
ヘンレの彫版浄書
ヘンレでは2000年頃に至るまで、彫版浄書と呼ばれる手法で楽譜が浄書されていました。以下の動画では彫版浄書の様子が記録されています。ヨーロッパでは浄書ソフトが普及する以前はこのような方法で楽譜が作られていました。
この譜例は、2003年に出版されたヘンレ原典版のシューマン, Novelletten op.21から抜粋したものです。2003年に出版されたものですが、彫版による浄書でコンピュータ浄書ではありません。人間の手で浄書されているにもかかわらず、図示した部分において全ての音符間隔を「素の音符間隔」と「加算されたスペース*が含まれる音符間隔」に分けることができます。それだけそれらのスペースを区別し正確な間隔で版刻されていたということです。
「加算されたスペース」が広く取られている一つの要因として、赤枠で示した「スペーシングブロック**」が考えられます。第123小節の赤枠部では、2点ト音の真下のスペースに1点ト音の♮を入れることが可能ですが、「スペーシングブロック」によってスペースが広げられています。また第125小節の赤枠部も同様です。ここで面白いのは、符鉤単体では「加算されたスペース」としては考慮されていないのにかかわらず、「スペーシングブロック」には考慮されている点です。このように音符間隔の精度の高い浄書からは、かなり細かい流儀を読み取ることが可能です。