2024年10月25日金曜日

Finaleが開発終了した話

8月26日、突然の発表

 2024年8月26日、楽譜浄書ソフトFinaleが開発終了することが発表されました。Finaleの販売は即日終了し、他社であるSteinberg製の浄書ソフトのDoricoへの移行が推奨されました。FinaleユーザーはDoricoを格安で購入することができますが、使い勝手の全く異なるソフトであるため、誰もが受け入れられるものではなく、多くのユーザーに大きな衝撃と共に困惑がもたらされました。更に発表当初は、ソフトウェアのライセンス認証が発表後1年をもって通らなくなることが言及され、PCが壊れると強制的に他のソフトへ移行しなくてはならないという、とんでもないものでした。これはのちに撤回され、ライセンス認証はしばらく継続されることにはなりましたが、多くのユーザーが他のソフトウェアへの移行を検討しなくてはならないことは変わりません。Finaleの歴史が終わることは決定されてしまったのです。

"The End of Finale", MakeMusic

 Finaleは、2000年以降では、日本の出版譜の中でおそらく99%の楽譜に使われていると言っても過言ではない、圧倒的なシェアを誇るソフトウェアです。今回のFinaleの開発・提供終了によって、楽譜業界や多くのユーザーがどのような決断をするか、注視したいところです。Finale以外の現行の浄書ソフトには、Sibelius, Dorico, KAWAIスコアメーカー, MuseScore, LilyPond等があります。


後継にDoricoが指名された

 Finale終了に伴い、Finale開発会社のMakeMusic社は、FinaleからDoricoへの乗り換えを推奨しており、Finale所有者は格安でDoricoに移行することができます。ただ、FinaleとDoricoは操作性が全く異なるソフトウェアであり、Doricoへの移行以外の選択肢も十分考えられます。Doricoは現状の浄書ソフトの中で最も新参なソフトウェアであり、商業出版に耐えうる浄書能力も視野に入れ開発されているため、従来のソフトウェアにない多くの特徴があります。

・非常に合理的な水平スペーシング 

 Doricoは、浄書ソフトに必要最低限の水平スペーシング機能を備えています。Doricoはデフォルトでも破綻の少ないスペーシングを出力してくれますが、音符間隔を個別に調整する際も、他の音符間隔が破綻することなく自在に調節することが可能です。

 Doricoの水平スペーシングは、スペーシング比率に基づいて一貫して音符間隔が定められます。スペーシング比率とは、四分音符を基準とした場合に、二分音符を四分音符の1.5倍のスペースに定める時の、1.5という割合のことです。音符間隔の密度によってこの適正な比率は異なります。Doricoではこの設定に一貫して音符間隔が定められるため、一段のスペースが飽和しない限り、ほとんど破綻せずに音符間隔が定められます。なおDoricoでは、水平スペーシングの設定は任意の拍で変更することができます。

 Doricoの水平スペーシングは、個別の音符間隔を調整するにも非常に柔軟な機能と挙動を備えています。任意の音符間隔を選択して、相対的に伸縮させたり、絶対位置を変えることは、その両方が浄書ソフトに最低限必要な機能です。Doricoは最初からそれを備えています。

・平坦スラーや複雑な曲線のスラー

 現行の他社製品にはない特徴として、Doricoは平坦スラーや自由曲線スラーを描写することができることが挙げられます。従来の浄書ソフトではベジェ曲線スラーが使われていますが、スラーの中央部が膨らみやすいため、譜面の上下方向が広がりやすくなります。Doricoでは従来のベジェ曲線スラーとは別に、中央部が平坦になっている「平坦スラー」が用意されています。

 また、従来のベジェ曲線スラーでも、スラーのセグメントを増やすことでより自由な曲線のスラーを描くことができます。従来の浄書ソフトではスラーを一つ一つ手動で繋げて描くようなスラーも、Doricoでは単一のスラーで描写可能です。

・加線の長さ

 Doricoは音符毎に加線の長さを調整することができます。加線の長さが固定の場合、加線が連続した音符群と加線のない音符群とでは、音符間隔の縮められる程度が異なります。加線が連続した音符群では、音符間隔を縮めすぎると隣り合った加線が繋がってしまいます。したがって密度の高い譜例では、加線を短くすることで、よりスペースを有効活用することができます。

加線の長さを変えることができる

・専用にデザインされた途中変更の音部記号

 Doricoの標準記譜フォントのBravuraには、通常の音部記号と、途中変更の音部記号が別デザインで用意されています。他の多くの浄書ソフトでは、途中変更の音部記号が通常の音部記号を縮小したものが使われていますが、Doricoではわざわざ専用デザインが用意されています。



 途中変更の音部記号の専用デザインは、Doricoの浄書設定で、通常の音部記号に対し3/4以下の大きさにした場合に適用され、それ以上の大きさの場合は、通常の音部記号の縮小が用いられます。

 コンピュータ浄書が普及する以前、ハンコ浄書や彫版浄書では、通常の音部記号と途中変更の音部記号とで、違うデザインのものが用いられることは、しばしば見られる現象でした。Doricoでわざわざこんなことを復活させるのは、開発者の浄書への拘りがうかがえます。
通常のト音記号と、途中変更のト音記号のデザインが違う
春秋社「リスト集6」より抜粋

・Chaconne Exが発売される

 日本の商業出版で広く使われている記譜フォントの「Chaccone」が、Finaleの開発終了のアナウンスから1カ月半経った10月10日に、SMuFL対応フォントの「Chaconne Ex」の販売が発表されました。10月31日より販売開始される予定です。これによりDoricoに移行しても日本のFinale製の出版譜と同様の見た目で浄書をすることができるようになります。

ストーンミュージック「Chaconne Ex」


Sibeliusがセールやってる件

 商業出版において、Sibeliusは二番手の楽譜浄書ソフトと言えます。日本においては、出版譜はほとんどFinaleで作られていますが、海外ではSibeliusもFinaleに並んで広く出版譜に用いられています。Finaleの開発終了にあたって、日本の代理店であるTAC Systemが、永続版Sibeliusの乗り換え価格を12/31までの期間限定で提供しています。開発元のAvidでも永続版の乗り換え価格は提供されておらず、永続版ライセンスは本来9万円超えの価格なので、2万円程度の格安価格で永続版が手に入るのは、滅多にないチャンスと言えます。

TACSYSTEM「Sibelius 乗換版セール開催! -Finaleからのクロスグレード」

 私は、サブスクリプションでは使用頻度の少ないソフトを買うつもりはありませんでしたが、永続版が安く手に入る機会が来たため、今回Sibeliusを買ってしまいました。Sibeliusを使う優先度は低いので、当分Sibeliusに関する発信はできないですが、なにかの機会に試してみたいと思っています。


MuseScoreも十分使える

 MuseScoreは、無料で使える上に、浄書する上でも十分な機能が備わっています。フリーソフトなので本格的な浄書ソフトほどには綺麗に楽譜が書けないと思われがちですが、ブログでも散々発信してきたとおり、楽譜浄書能力において他の浄書ソフトに劣るものではありません。極めれば自由自在かつ最高品質の楽譜浄書を実現することが可能です。

・スペーシングが改善されたMuseScore 4

 MuseScore 3 までのMuseScoreは、水平スペーシングの仕様に欠陥があり、デフォルトでは揃うべき音符間隔が揃っておらず、それを個別調整で矯正することも困難でした。このため、MuseScoreで作られたほとんどの譜面は、お世辞にも綺麗な楽譜とは言えず、FinaleやSibeliusとは違いプロのツールとは見なされていませんでした。しかしながら、MuseScore 4 では水平スペーシングの機能が抜本的に見直され、デフォルトで妥当な音符間隔が出力されるようになりました。また音符間隔を個別に調整するのも容易になったため、ユーザーに浄書の知識があれば、他のソフトに劣ることなく非常に綺麗に浄書ができるようになりました。


 MuseScore 4 を使えば、こんな感じで浄書ができます。コツさえ掴めば難しくありませんよ。


・個別調整を邪魔しないシンプルなMuseScore 2

 ただ、私はMuseScore 4 よりもMuseScore 2 の方が遥かに愛着があります。私がMuseScore 2 を愛用していたのは、何でも書けてしまうぐらいユーザーの操作に対して素直に動いてくれるからです。

非常に手間はかかるが、MuseScore 2 で書ける
佐藤慶次郎「ピアノのためのカリグラフィー」の一部分をHashibosoPが複写


 最新版のMuseScore 4 では、簡単には浄書が崩れないようになっており、細かい調整をしなくても、ある程度整った譜面に仕上げることが可能になっています。しかし、その分ユーザーの操作を制限しがちであり、細かい調整を行うのに邪魔な挙動が多々見られるようになりました。私が愛用してきた旧来版のMuseScore 2 は、ユーザーの操作に対し非常に素直に反応してくれるので、細かい調整がやりやすいだけでなく、機能にない表記を無理やり再現することも、ソフトウェア側の妨害なく行うことができます。しかしながら、MuseScore 2 のこうしたリミッターのない素直な挙動は、容易に浄書を崩してしまうことも可能になってしまうので、今更旧版をオススメはしにくいでしょう。

 MuseScore 2 の最大の欠点は、水平スペーシングが常に破綻している点ですが、多少手間がかかりますが解決法があります。弊ブログで紹介している一段一小節法を使えば、正確なスペーシングで浄書をすることができます。ユーザーの操作に対し素直な挙動と、正確なスペーシングを両立させることができるため、私にとっては最強の楽譜浄書ツールだと言えます。


LilyPond

・テキストベースで記譜

 LilyPondはテキストベースで記譜する、フリーの楽譜浄書ソフトウェアです。テキストによりコーディングしたものを、LilyPondでコンパイルすることでPDFファイルやSVG等に出力されます。GUIでないことや再生機能がないことで、ユーザーを選ぶソフトウェアではあります。しかし、その代わり記譜の自由度は非常に高く、特殊なものでも書けてしまいます。

右から左へ記述することすら可能
"Arabic chant", LilyPond Snippet Repository より引用


最後に

 Finaleの終了に伴い、Finaleの開発元はDoricoへの移行を推奨していますが、FinaleとDoricoの操作性が全く異なるため、必ずしもDoricoへの移行が進むとも限りません。Doricoの他にも実績のあるSibeliusや無料で使えるMuseScoreなどのライバルがあります。それらはどれも楽譜を書き表す上で十分な能力を備えており、優劣を明確につけることはできません。どのソフトにもそれぞれ共通する楽譜浄書のエッセンスや、それぞれ独自のエッセンスが含まれています。どんな浄書ソフトが主流になるにしても、それらのエッセンスが失われることなく、楽譜浄書という技術や文化はなるべく続いていくべきだと思っています。楽譜浄書の未来が明るいことを祈っています。

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