2021年11月26日金曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第四回

 第四回では、音符間隔の個別調整について記します。流儀によって個別調整を行うか否か、またその調整の程度などはそれぞれ異なります。つまりここに記したことは、やってもやらなくてもどちらでも構わないのです。

符尾の方向による視覚的補正

 符尾の上下の違いによって、音符間隔が狭まって見えたり、広がって見えたりします。このことを補正するため、音符間隔を個別に調整することがあります。特に連桁が譜表を跨いでいる譜例では、符幹の間隔を優先させて揃えた方が、等間隔に見えるでしょう。補正の掛け方は流儀によって異なり、譜表を跨ぐ連桁では、符幹を等間隔にする流儀から等間隔の一歩手前までの補正に留める流儀も考えられます。

上昇音形と下降音形

 符尾の上下の違いだけでなく、上昇音形と下降音形にまで音符間隔の補正範囲を広げる流儀もあります。すなわち上昇音形では音符間隔を広げ、下降音形では狭めます。

上昇音形と下降音形の最短間隔

 水平スペーシングの密度が極めて高い場合、隣り合う符頭の接触回避に必要なスペースは、上昇音形と下降音形で異なります。符頭は右上方向の楕円形状のため、下降音形では上昇音形よりもスペースを短縮することができます。

異なる声部・譜表間のスペース短縮

 声部の分かれた音形では、右図のように音符間隔を短縮する考え方があります。右図上は2拍目下声部の四分音符の拍が2.5拍目の上声部の八分音符によって、八分音符2つの拍に分割されています。2.5拍目の八分音符の間隔は、八分音符がそこにあるので、音価分のスペースを保つ必要がありますが、2~2.5拍の部分は狭めることができます。この部分を狭めることによって、下声部の1拍目と2拍目の四分音符の間隔の差を少なくすることができます。このスペーシングの処理は、対数的スペーシングで起こる音符間隔の歪みを少なくすることができます。またこのスペーシングの処理は、声部だけでなく異なる譜表間でも有効です。

部分的な比例的スペーシング

 第一回でも言及しましたが、部分的に比例的スペーシングを適用することは一つの方法です。右図下では、八分音符は十六分音符の2倍のスペースを持つ比例的なスペーシングになっており、八分音符の間隔を揃えています。ただし六連符の部分には比例的スペーシングを適用していません。その結果、六連符の部分の八分音符は、他の八分音符よりも間隔が広くなっています。
 一般的に比例的スペーシングを適用すると、音価の短い方の音符間隔が狭くなります。右図の十六分音符の間隔を比較すると、対数的スペーシングよりも比例的スペーシングの十六分音符の間隔が狭くなっています。対数的スペーシングの方が音符間隔に余裕があり、一段により多くの小節を入れることができるため、一般的には対数スペーシングが用いられます。ただ、部分的に比例的スペーシングを適用するのは、スペーシングの一つの手段として有効です。

ローカルスペーシング

 加算されたスペースが含まれる譜例で、上下で異なる比率の連符で構成される右図のような譜例の場合、通常のスペーシングでは右図上のように三連符の音符間隔は上の五連符に掛かる臨時記号の加算されたスペースによって、部分的に広げられます。この部分的に広げられたスペースを、連桁で区切られたグループ毎に均等に分配すると右図下のようになります。
 ローカルスペーシングを適用しない右図上の譜例では、加算されたスペースによって広げられた部分以外の三連符の間隔は全て揃っています。一方でローカルスペーシングを適用した右図下の譜例では、ローカルスペーシングの区画毎に三連符の間隔は異なります。

リズムの縦を揃えない譜例

 音符間隔において、異なる譜表であっても同拍にある音符の縦のラインは揃えますが、場合によっては多少前後にずらすことを許容することがあります。このようなスペーシングも、部分的にスペースを均等に割り振っているため、ローカルスペーシングの一種と言えます。

・歌詞付き

 欧文の歌詞の譜面では、音符間隔は歌詞のスペースの確保のために増減します。このために音符間隔の歪みが生じます。これを解消するために、他のパートとの縦の同期を切って、音符間隔を揃えることがあります。

・別々の譜表間

 こうした縦の同期を切った音符間隔の調整は、右図のように欧文歌詞だけでなく別々の譜表間でも可能です。こうした縦を揃えないスペーシングは、譜表やパート毎の関係性が薄ければ薄いほど、つまり演奏時に別のパートを見ないような関係性であるほど有効であり、逆に密接であればあるほど、やらない方が良いでしょう。右図でも八分音符の部分では、拍が揃っていないことが明らか過ぎて奏者に困惑をもたらす恐れがあるので、やらない方が良いでしょう。しかしながら、スペーシングの選択肢として縦を揃えないローカルスペーシングは、考慮に入れられると良いでしょう。

 今回は音符間隔の個別調整で取ることができるいくつかの考え方をまとめました。ここに記したことは、必ずしもする必要はありませんし、やってもやらなくても良いです。またその中間の調整に留めておくことも十分考えられます。今回の記事を通じて、楽譜浄書のスペーシングの選択肢を増やしていただけたら幸いです。次回は、今までの記事の内容を用いて、実際の譜例を分析していきたいと思います。

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2021年9月26日日曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第三回

 第二回では、小節始端・末尾にスペースを付与するかどうかのパターンをまとめました。第三回では、個々の音符に付随する諸記号による「加算されたスペース」の取り扱いについて、考えられるスペーシングをパターンにしてまとめます。

加算されたスペース

 「加算されたスペース」とは、臨時記号・符尾・加線・音部記号などによって、音符間隔に追加で加算されるスペースのことです。この「加算されたスペース」の取り扱いにはいくつかのパターンが考えられます。
 「加算されたスペース」は原則として、隣り合う諸記号と重ならないように設けられます。このときに、どの程度のスペースを設けるかは、流儀によって異なってきます。


スペーシングブロック

 加算されたスペースの要素のうち、臨時記号・加線・符尾などの音符に付される記号と音符自身を一つのブロックとして水平スペーシングを見てみます。音部記号は音符につかない水平スペーシングの要素のため、一つの独立した水平スペーシングのブロックだと見なします。この時に、隣り合うスペーシングブロックが干渉する時に、干渉が許容できるかどうかによって流儀が分かれるでしょう。

 スペーシングブロックに干渉しないスペーシングを表すと下図のようになります。楽譜は左から右に読むものなので、前の音符の水平位置上に次の音符の臨時記号等の付属物が来ないように配置しています。

 スペーシングブロックに干渉しないスペーシングは、スペースの無駄使いに思われる場合もあります。下図のように、スペーシングブロックの干渉を許容し、音符の上下の空いたスペースに、隣り合う音符の付属物の進入を許すスペーシングも考えられます。

 スペーシングブロックには、加算されたスペースを構成する諸因子(音部記号・臨時記号・符尾・付点・加線)のどれを含むかはスタイルや浄書の各場面によって異なります。

 異なる譜表間においては、干渉を許容しないスペーシングブロックを共有することは、あまりありません。奏者が他パートの部分を同時に見る必要性は薄いため、スペーシングブロックの考慮に入れる必要はないのです。ただし、ピアノのような2つの譜表がセットとなった大譜表においては、既に上の図で示したように考慮に入れられる場合もあります。


・音部記号

 音部記号は音部記号の右側から効力を発するので、音部記号の直上や直下は音部記号の切り替わる前の領域だと解釈することができます。従って、スペーシングブロックの干渉を許容し、音部記号の直上や直下のスペースに音符を配置することは可能です。しかしながら、音部記号の直上や直下に音符が配置されるのは音部記号の効力範囲が多少紛らわしく思われるので、音部記号を一つのスペーシングブロックとして考え、音部記号の直上や直下のスペースへの他のブロックの侵入を防ぐことが一般的でしょう。
 私自身としては、上図のト音記号の部分では右図のようにスペーシングブロックの干渉を許容することが多く、ヘ音記号の部分ではスペーシングブロックに干渉しないことが多いです。加算されたスペースの処理について、スペーシングブロックの干渉を許容するかどうかは一律に二者択一ではなく、各々の場面で干渉を許容したりしなかったりします。

・臨時記号、符尾、付点

 臨時記号・符尾・付点などは音符に付される要素なので、これらをまとめて一つのスペーシングブロックとして考えます。

 スペーシングブロックの一例として、干渉を許容しないスペーシングブロックの考慮対象に、臨時記号・アルペジオ・符頭を入れ、付点・符尾(符鉤)は考慮に入れない場合は右図のようになります。このように、何をどの場面でスペーシングブロックに考慮するかは流儀によって異なるでしょう。

・加線

 加線は水平スペーシングのブロックに考慮される場面はほぼないでしょう。ただし加線同士の接触を避けるために加線幅分のスペースを考慮されることはあります。また流儀によっては、加線幅を一定にする必要がなく、音符間隔によって加線幅を伸縮させ、加線による音符間隔への影響を排除するスタイルもあります。
 加線は、符頭から左右に少しでもはみ出していれば、音高を認識することが可能なので、全ての加線幅を一定に保つ必要性はありません。したがって、水平スペーシングの密度によって加線幅を変えても良いのです。なお許容される加線の最小幅は浄書する人によって異なり、その最小幅分のスペースはスペーシングに考慮されると考えられます。


・異なる比率同士の連符

 符頭をスペーシングブロックの要素として考えた時、八分音符に対する三連符などの異なる比率同士の連符のスペーシングでは、右図のパターンが考えられます。しかし、一般的には、スペーシングブロックの干渉を避けることは少ないでしょう。同じ譜表内ではまだしも、右図④のように譜表が異なる場面においては、スペーシングブロックの干渉を避けるメリットはあまり考えられないと思います。

 スペーシングブロックの干渉を全て許容して浄書することは可能なので、スペーシングブロックの干渉を避ける流儀は薄れていってしまいがちです。実際浄書ソフトのDoricoではスペーシングブロックの干渉を全て許容する方針で仕様が定められていますし、私個人の流儀としても、スペーシングブロックの干渉を全て許容して浄書しています。どちらの流儀が優れているかは浄書する個人が決めることですし、一方のみを正しいとするのは浄書の多様性を狭めてしまいます。この記事では、浄書の流儀が分岐するポイントを明らかにすることが目的であり、比較の結果分岐の一方を否定するためではありません。浄書をする上で、スペースを削ったり敢えて増やしたりする場面において、この記事がそれを後押しするための根拠となれば幸いです。したがって方針が一貫してさえいれば、どちらで浄書しても構いません。

 浄書ソフトのDoricoでは、水平スペーシングのブロックの干渉を許容する考え方、すなわちスペーシングブロックの尊重に否定的な考え方に基づいて仕様が決められています。

スペースを広げずとも臨時記号が配置可能なのに、スペースを広げているハンコ浄書の譜例
『リスト集2』 春秋社(1974), p.147
 スペーシングブロックを尊重している譜例は、実際にハンコ浄書にも見られます(上図)。これが当時その浄書家が意図したスペーシングであるかを断定することは簡単ではありません。意図を探るには浄書家本人にインタビューするのが妥当ですが、1980年代に現役の若手浄書家を30歳だと仮定したとしても2020年時点では70歳であるように、ハンコ浄書に従事し十分な技術をもった人たちは亡くなっていっています。もはや彼らが出版譜という形で遺してきた成果物を質・量の両面で分析するしかないでしょう。それらのスペーシングが意図したものであれば、スペーシングブロックという考え方は我々の時代にも遺されるべきものです。

 次回は、「加算されたスペース」以外の要因による音符間隔の調整について記したいと思います。

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2021年6月27日日曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第二回

 第一回では、全体の音符間隔の決め方についてまとめました。今回は個別の音符間隔を調節する上での、取り得る様々な選択肢についてまとめたいと思います。

小節のスペーシング

・小節線から音符までのスペース

 小節線から最初の音符または休符までの間に、一定のスペースが設けられます。小節始めの音符に臨時記号やアルペジオが付いている時に、記号と小節線が衝突しない限りはスペースを広げずにする流儀と、加算されたスペース分をそのまま一定のスペースに加算する流儀があります。

・小節末尾のスペース

 小節末尾には追加のスペースを設けることがあります。常に一定のスペースが小節末尾に追加する流儀と、符尾が上向きの場合に小節末尾にスペースを追加する流儀と、記号の衝突が起こらない限りはスペースを追加しない流儀があります。
図1 「小節始端・末尾のスペース」
 図に示すと上図(図1)のようになります。①のように小節末尾の音符の符尾が上向きの場合、小節末尾の音符間隔が狭く見えるので、④のように一定のスペースを付与するのは合理的です。②のように小節末尾の音符の符尾が下向きであれば、音符間隔がより狭く見えることはないので、上向きの場合のみ音符間隔を広げるというような、②と④を組み合わせた流儀も考えられます。また水平スペーシングの密度が高いほど、小節始端・末尾に一定のスペースを付与しない①②③の方が適していると思われますが、①の場合は小節幅が狭くなるほど小節末尾の音符間隔が音価分よりも殊更狭く見えるため、水平スペーシングの密度が高い時の方で、④のように一定のスペースを敢えて付与することがあります。このように浄書の流儀は一通りではなく、いくつかのパターンが考えられます。なお私の場合、原則的に①②③の流儀を採用し、④⑤⑥のように一定のスペースを付与することはしないというルールで浄書をしています。

・五線の中か外か

 小節末尾に一定のスペースを付与しない場合(図1の①②③)でも、小節末尾の音符間隔が狭い時で符尾が上向きである場合は、符尾と小節線が接近しすぎるため下図(図2)の①→②のようにスペースを付与します。小節末尾が上向き符尾であっても③のように五線の外側にある場合は、③のままスペースを付与せずにするスタイルと、④のようにスペースを付与するスタイルが考えられます。すなわち図2の②,③もしくは、②,④の組み合わせが考えられます。
図2 「上向き符尾と小節末尾のスペース」
図3 「小節始端のスペース」
 図1の③のように小節始端に最小限のスペースを付与するスタイルでは、臨時記号などのスペースを加算する要因が五線の外側に位置する時に、右図(図3)の②のように小節始端のスペースを臨時記号が小節の左側に飛び越えない程度まで削ることができます。

・浄書例

 以上のことを踏まえて、小節始端・末尾に最小限のスペースを付与する図1の①②③のようなスタイルで浄書したものと、小節始端・末尾に一定のスペースを付与する図1の④⑤⑥のスタイルで浄書したものを以下の図4・5で比較しました。どのスタイルを用いるかは、浄書家のスペースに対する考え方の違いで異なってきます。どのパターンを採用しても、浄書としては問題ありません。大事なのは、一つの楽譜の中で、浄書の方針に一貫性を持たせることです。小節始端・末尾に最小限のスペースを付与する方針であれば、楽譜のいかなる部分でもその方針が徹底することで、一貫性を持たせられるでしょう。原則的には、図1の①と④が一つの楽譜の中で混在しているのは良くありません。しかし、段の密度の違いなどに一定の基準を設けて①と④を使い分けることも十分に考えられます。その場合も、①と④の使い分けに一貫性があることが大事です。
図4 「流儀の比較1」
図5 「流儀の比較2」

 今回は小節の始端・末尾のスペースについて、考えられるパターンをまとめました。次回は臨時記号や加線、付点などの「加算されたスペース」の取り扱いについて、考えられるパターンを考えていきたいと思います。

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2021年6月19日土曜日

水平スペーシングの考え方の全て 第一回

 楽譜浄書における、音符間隔の決めるための考え方について、まとめたいと思います。大きく分けて全体の音符間隔と、個別の音符間隔に分けられ、後者は特に、加算されたスペースの取り扱いの違いによって、様々な方法があります。今回は「全体の音符間隔の決め方」についてまとめます。

全体の音符間隔の決め方

 音符間隔は一般的に音符の長さに対応してその間隔が決められます。音符の長さと間隔との対応の仕方には以下の考え方があります。

・対数的スペーシング

 コンピュータ浄書において、原則的に用いられるのが対数的スペーシングです。これはスペーシング比率に基づいて、それぞれの長さの音符間隔が定められます。スペーシング比率は、ある音符と2倍の長さの音符との間において、楽譜上のスペースが何倍であるかを示します。楽譜浄書では四分音符が八分音符の2倍の間隔であることはあまりなく、1.5倍前後の間隔比が一般的です。このときのスペーシング比率は1.5となります。
 対数スペーシングにおける音符間隔とスペーシング比率の関係は以下の式で表すことができます。

\begin{align} M=R^{\log _{2}N} \end{align}

R:スペーシング比率
 N=2の時、R=M
 1 ≦ R ≦ 2
N:音価倍数(倍)
 2つの音符をA, Bとしその音価の値をa, bとしa>bとしたとき、
 N=a/b, a≠0, b≠0, a≠b
M:実際のスペース(倍)
 楽譜上のスペースは、音符Aは音符BのM倍のスペースを取る

 (1)の式をグラフで表すと下図のようになります。1 ≦ R ≦ 2の範囲で変動し(赤線)、R=1の時はM=1(緑線)なので全ての音符間隔が音価の違い関係無しに等しくなり、R=2の時はM=N(青線)なので音価の大きさと実際のスペースの長さは比例します。
 スペーシング比率は1 ≦ R ≦ 2の範囲で変動しますが、2(青線)に近づけば近づくほど音価の違いが実際のスペースに反映されるようになり、1(緑線)に近づけば近づくほどスペース効率が良くなります。最適なスペーシング比率は様々な条件によって変わりますが、段の密度が高い時は1に近い方が見やすくなり、段の密度が低い時は2に近い方が見やすくなるでしょう。


・比例的スペーシング

比例的スペーシングは不自然なので、全体の音符間隔に対して用いることは少ない
 比例的スペーシングは、音符の長さと音符間隔の関係性が比例的に定められるスペーシングです。すなわち二分音符であれば四分音符の2倍の間隔が与えられます。これはスペーシング比率が2の時の対数的スペーシングと等しく、M=Nと表すことができます。一般的には上図のように、大した音符量でなくとも細かい音符の間隔が狭くなりすぎることからスペース効率が悪いため、比例的スペーシングが楽譜全体に用いられることはほぼありません。しかし部分的に比例的スペーシングを適用することは考えられます。
 上図左のように十六分音符で八分音符の間隔が広がるのは一般的ですが、上図右のように八分音符以下に比例的スペーシングを適用することで、八分音符の間隔を揃えることができます。Hashiboso流ではスペース効率の悪い比例的スペーシングを使うことはないですが、部分的に用いるのであれば使うメリットはあります。

・小節幅を等幅とする場合

 対数的スペーシングでは、十六分音符x16の小節と四分音符x4の小節とでは、十六分音符x16の小節の方が広い幅になります。すなわち一般的には密度の濃い小節の方が小節幅が広くなるのです。小節幅を等幅にしてスペーシングするのは、一般的ではありません。しかしながら、例えばポップスのコード譜で4小節毎に段割を固定し、かつ譜面の音形よりもコード記号が優先されるべき場合であれば、コード記号を各段で縦を揃えることが重要視されることもあり得るでしょう。そのような考え方に基づいた最善の浄書が、小節幅を等幅にすることであるのも考えられます。
 小節幅を等幅とする場合、比例的スペーシングであれば基本的に小節幅は等幅になります。しかし、比例的スペーシングを全体に適用すると、十六分音符などの短い音符が多く使われる譜例などでは、五線幅を相当小さくしなければ一段に4小節を入れることは不可能です。五線幅を小さくすることは、音符の小さくなるので、視認性は悪くなります。すなわち比例的スペーシングでは浄書が難しいのです。対数的スペーシングも小節幅を等幅にはできません。これらのことから、一段の中で同じ長さの音符が同じ音符間隔にすることは現実的ではないため、段単位で音符間隔を揃えることを放棄して、小節単位でスペーシングすることがおそらく最善でしょう。
 上図は小節幅を等幅として小節単位でスペーシングしたものと、対数的スペーシング及び比例的スペーシングを比較したものです。第1小節~第2小節の八分音符や、第5小節~第6小節のスラッシュの間隔など、小節が異なれば音符間隔が異なってしまっていますが、比例的スペーシングのように極端に音符間隔が狭まることもなく、小節幅を等幅とするならば比例的スペーシングよりは現実的でしょう。ただ小節幅を等幅とし小節内でのみ対数スペーシングを適用した場合、小節内の拍の位置は等間隔にはおかれないため、コード記号の位置は結局揃うわけではありません。上図でも3拍目におかれるコード記号の位置を見れば、揃っているわけではないことが分かります。
 上図は、コード記号の位置を合わせるために、最初の小節のみ比例的スペーシングに変更したものです。音符よりもコード記号が優先される譜例であれば、小節幅を等幅とするスペーシングが考えられると先に述べました。しかし、コード記号を揃えることを実現するために、音符間隔を崩してまでコード記号を揃える必要があるかは、私は疑問に思うところです。コード譜ではコード記号が重要だとしても、そこに音符が記述されていれば、その音符が演奏されることが期待されているので、音符の可読性の重要度の方が優位に立つのではないでしょうか。そういった場面においても小節幅を等幅にすべきだとは私は思いません。ただ、小節幅を等幅にすることが音符間隔を崩してまで望まれる場面においては、小節幅を等幅に固定し小節内においてのみ対数的スペーシングを適用することが、音符の可読性を損なわずに実現する解決策だと思われます。

・まとめ

 全体の音符間隔を決める時に、もっとも基本的な考え方は対数的スペーシングです。密度の高い段ではスペーシング比率を低くする方が良く、密度の低い段ではスペーシング比率を高くする方が良い場合が多いです。
 音価の長さと楽譜上の音符間隔が比例関係にあるのが、比例的スペーシングです。通常は比例的スペーシングを楽譜全体に適用することはありません。楽譜の一部分に適用するのが有効である場合があります。
 最も普遍的な対数的スペーシングでは、小節幅が等しくなることはほとんどありません。小節幅を等しくする方が良い場面は非常に限られています。小節幅を等幅とする場合、小節内では対数的スペーシングを適用するのが良いでしょう。

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2021年6月3日木曜日

他のMuseScoreユーザーより見た目で楽譜に差を付けろ

まずは記譜
 楽譜の見た目を左右するのは、記譜と浄書です。「記譜」とは楽譜の書き方のことで、文章における文体そのものを指します。文体が滅茶苦茶だと、どんな文字サイズでも行間隔でも、そもそも読みにくいことでしょう。しっかりした文章を書くのと同じで、楽譜も読みやすい書き方があります。一例として下図にてリズムの書き方での作法を紹介します。このように拍が伝わらない書き方は、リズムのタイミングが分からなくなります。リズムの書き方には一定のパターンがあり、実際にはそれらを組み合わせて楽譜は書かれます。
※個人的な見解です。例えばここで批判的に取り上げた上図4段目の「八分音符2つ+四分音符」は実際には使われている表記です。
 このブログでは「浄書」をテーマにしているため、「記譜」についてはほとんど触れません。ここで挙げた例は一例ですが、出版譜を見てプロの譜面の書き方を勉強することを勧めます。

公式のハンドブックを見よ
 MuseScoreを使う上で、必ず公式のハンドブックは見ておきましょう。MuseScoreのほとんどの機能はそこで解説されています。本ブログでは、公式のハンドブックに書かれていることは知っている前提として扱います。したがってMuseScoreの機能そのものの使い方に関しては本ブログでは扱いません。


 MuseScoreを使う上での、多くの疑問や勘違いは、ハンドブックを読みこめば解消されるはずです。必ずチェックしておきましょう。例えばハンドブックの「繰り返しとジャンプ」の項目を見れば、D.S.を使った時にCodaに飛ばないといった勘違いは解消されます。デフォルトではCodaに飛ぶ記号として"D.S. al Coda"が用意されており、単なるD.S.を用いる場合でもインスペクタでジャンプの設定を適切に書き換えればCodaに飛ばすことができます。本ブログでは操作方法だけの記事は書きませんので、ハンドブックは読み込んでおきましょう。

無闇に記号の位置を動かさない
 MuseScoreで、強弱記号やテンポ記号などをマウスでドラッグして移動させるのは基本的にやってはいけません。なぜならマウス操作で動かした記号の位置を揃えることは、マウス操作では難しいからです。記号を移動させる場合はキーボードでのショートカットキーを使うか、インスペクタで数値を入力して定量的に動かすべきです。記号を選択して"Ctrl + ← or →"で1.00spずつ移動することができます。またインスペクタの水平位置・垂直位置を入力する状態で、"↑ or ↓"で0.5spずつ数値を増減させることができます。

Shift操作でアンカーの位置を変える
 譜表テキストや強弱記号、線記号などの記号は、どの音符や拍に所属するかが決められています。拍に対して設置できる記号は、拍に対してアンカーが打たれます。線記号であれば、アンカーの位置を変えるには記号を選択して"Shift + ← or →"で変えることができます。記号の位置を変える前に、その記号の所属する拍や音符が正しいかをチェックしましょう。

 また、しばしばテンポ記号の位置を変えている譜面を見かけますが、テンポ記号は基本的に「拍子記号」に位置を合わせるのは正しい位置であり、MuseScoreのデフォルトで正しい位置に置かれるので、テンポ記号の水平位置は無闇に変えるべきではありません。

以下の記事も参考にすると良いでしょう。

フォントを変えてみる
 音楽記号フォント(記譜フォント)や文字のフォントを変えると、楽譜の印象が変化します。楽譜の見やすさ自体はフォントの違いでは大きくは変わりませんが、楽譜をこだわって作っていることが伝わりやすいでしょう。MuseScore 3.5.2までのデフォルトの記譜フォントはEmmentalerで、MuseScoreの微妙な浄書の代名詞的となっていました。MuseScore 3.6では、デフォルトではLelandという記譜フォントに変更されており、実際デザイン自体は洗練されていますが、他の記譜フォントに変えてみるのも良いでしょう。MuseScoreで使うことができるBravuraは、有償の浄書ソフトであるDoricoのデフォルトの記譜フォントでもあり、十分実用性のあるデザインとなっています。
 MuseScoreの記譜フォントを変更するには、「スタイルの編集」を開きますが、MuseScore 3を使用する場合、記譜フォントを変更する時に必ず「自動でフォントに基づいたスタイル設定を読み込む」を無効にしておきましょう。この機能がオンになっていると、自分で変更したところを含む諸設定がフォントに基づいた設定に勝手に書き換わってしまいます。スタイルの設定を自分で書き換えている人が後から記譜フォントを変更すると、書き換えた内容が全て上書きされてしまい、悲しい思いをするでしょう。無い方が良い機能です。

全体の設定を見直す
 MuseScoreのデフォルトのスタイルの設定には、残念ながらところどころおかしい点があります。スタイルの設定を見直す際に、楽譜の五線や小節線の太さ等の設定も変えてみると、楽譜の印象が変わります。

 スタイルの設定を弄る時に、拙ブログの「MuseScore2浄書Hashiboso流」は参考になるかと思います。

 また五線サイズが紙のサイズに対して大きすぎたり、小さすぎたりすると、1枚の紙入る小節数が少なくなりすぎたり、紙のスペースが余りすぎたりします。五線サイズを適正に設定しましょう。この設定は、用紙サイズを変える「ページの設定」の中の「譜表のスペース」の数値を変えることで、五線サイズを変更することができます。詳しくは「MuseScore2浄書Hashiboso流 第一課」を見てください。

段割を自分で決める
区切りの良いところでページを変えているヘンレ原典版「浄書雑感3 ヘンレ原典版『ブラームス:8つの小品 Op.76』」
 楽譜浄書で一番最初にすべき作業は、「段割」です。1ページに何小節まで入れるか、どこの小節でページを変えるかを自分で決めることは、楽譜のレイアウトを決める第一歩となります。本ブログの浄書雑感で取り上げたヘンレ原典版では、上図のようにページ末尾の小節をなるべく区切りの良い小節か、休符のある小節にする努力がなされています。このような段割をすることで、奏者が自ら譜めくりをすることが可能になります。
 MuseScoreでは「区切りとスペーサー」のパレットにある「譜表の折り返し」や「ページ区切り」等の「区切り」を用いることで、このような段割の作業をすることができます。MuseScoreのデフォルトより、一段に多くの小節を入れたい場合は、本ブログの「区切りとスペーサー」という記事を参考にしてください。

スペーシングが全て
 段割を決めてしまえば、あとはその限られたスペースをどのようにして最も見やすく活用していくかが残りの課題です。演奏者が楽譜を読む時に一度に見なければならない範囲を最小にし、少ない視線移動で楽譜の内容を把握できるようにするためには、音符間隔の決め方や記号の配置の仕方などの細やかな調整を積み重ねていきます。このような音符間隔の調整や記号と記号との距離を決めることを、スペーシングと言います。
MuseScoreは音符のスペーシングの仕様が著しく不適切なため、揃うべき音符間隔が容易に揃っていない場面は多いです。またそれを完璧に修正するのは、MuseScoreの仕様では多大な苦労を必要とします。しかしながら、全く無調整で済ますよりは、多少でも調整した方が良いでしょう。
八分音符に注目すると、小節毎に音符間隔が異なることが分かる

 MuseScoreの音符間隔を調整する第一歩に使える機能として「小節幅の伸縮」があります。伸縮させたい小節を選択して"Shift + [ or ]"とすることで、小節幅を伸縮させることができます。しかしMuseScore 3では「小節幅の伸縮」は0.8以下では全く変化しなくなっていて、小節幅を伸縮することができる程度が少なくなってしまっています。MuseScore 2.3.2では小節幅は0~10の範囲で数値通りしっかり伸縮するので、MuseScore 3では機能が後退しています。
小節幅の伸縮:"Shift + [ or ]"

 MuseScoreの音符間隔を調節する機能として「割振り」がありますが、この機能は複雑な挙動を示すのでここでは説明を割愛します。過去記事にて「割振り」の挙動を解説しているので、詳しく知りたい場合はそれらを参考にしてください。


 ただしこれらの「小節幅の伸縮」機能や「割振り」は、MuseScoreの音符間隔の問題を根本的には何も解決しないので、音符間隔を完璧に調整したい場合は、「一段一小節法」という特殊な手法を用います。これはMuseScoreの仕様を無視するような邪道な手法であり、MuseScoreの機能の一部は働かなくなるデメリットもあります。この手法自体がある程度手間がかかり実際大変ですが、既存の機能で音符間隔を完璧に調整するより圧倒的に作業は楽です。


加算されたスペースの量を調節する
 MuseScoreのデフォルトのスペーシングでは、臨時記号等が前の音符と重ならないように自動でスペースが付与されます。このようなスペースを拙ブログでは「加算されたスペース」と呼称しています。この「加算されたスペース」が加算されすぎている場面がMuseScoreでは多々あります。このような不要な「加算されたスペース」は「割振り」の数値を少なくすることで削ることができます。
 余分な「加算されたスペース」が多いのであれば、あらかじめ全ての音符の「割振り」をマイナスにし「加算されたスペース」を全て削ってから、スペースが必要な箇所のみ「割振り」の数値を元に戻すと良いでしょう。どこにスペースが必要でどこのスペースが不要かを自分で判断することで、浄書でのレイアウトの選択肢を増やし、より見やすい楽譜にしていくことが可能となります。

具体的な手順は以下の記事で説明しています。

 MuseScore 3では「割振り」の仕様が変更されており、一定以上マイナスにしていくと何故か音符間隔が広がってしまうという挙動を示します。スペースを減らすのに却ってスペースが増えてしまうのは本末転倒ですので、スペースが増加に転じない程度で機能を使うと良いでしょう。しかしながらこれらの仕様変更は、音符間隔の調整という観点ではMuseScore 2より自由度が遙かに劣ってしまっているのは事実です。このために私はMuseScore 2を使い続けています。

 ともかく、MuseScoreで楽譜をより綺麗にするためには、まず適切な記譜を適切な操作方法で入力することが大事です。適切な記譜で書くためには市販されている出版譜を参考にすると良いでしょう。MuseScoreの適切な操作方法を身につけるためには、公式のハンドブックを確認しましょう。その上で、フォントを変えてみたり設定を見直ししたりして、全体の見た目を変えてみると楽譜の雰囲気が変わります。読みやすい楽譜にするためには、自分で段割を考えることも大切です。1ページに何小節を入れるか、どの小節でページを変えるかというようなページ構成を決めてしまえば、残りはほとんどスペーシングです。スペーシングは突き詰めていけばゴールのない作業ですが、音符間隔が著しく異なる小節だけを「小節幅の伸縮」で調節するだけでも、かなり異なります。音符間隔を完璧にしたい場合は、既存の機能では果てしない作業になってしまうので、「一段一小節法」に手を出すのも良いでしょう。

2021年4月27日火曜日

浄書ソフトに必要な水平スペーシングの機能

 様々な浄書ソフトが存在しますが、音符間隔を定めるのに十分な機能を備えた浄書ソフトは残念ながら未だ登場していないと考えています。今回は音符間隔を個別調整する際に、浄書ソフトにあって欲しい機能について、私なりの考えを記していこうと思います。

優れた音符間隔調整機能を持つDorico
 Doricoの水平スペーシングの個別調整機能  Doricoは水平スペーシングにおいては必要最低限の機能を備えた最初のソフトウェアです。Doricoは音符間隔を個別調整する時に、個別の音符間隔を広げたり狭めたりすることが出来ます。また同時に音符・休符の水平位置を物理的に動かすことも可能です。この2つの機能によって、あらゆる音符間隔に対応することが可能です。これは浄書ソフトが最低限備えておくべき機能で、これらの機能を持っていない浄書ソフトは浄書ソフトと呼ぶに相応しくないとすら思います。しかしながらDoricoの音符間隔調整機能は「必要最低限」であって、必要十分な機能であるとは思っていません。

 楽譜浄書では色々な「流儀」があり、それぞれでルールが異なっています。優れた浄書ソフトは、浄書家毎に異なるそれらの流儀に対応できるソフトだと、私は考えます。異なる流儀に対応するためには、それぞれの浄書機能は「中立的」であるべきです。Doricoの場合、音符スペーシングに関わる機能は、柔軟性に富んでおり、あらゆる音符間隔を再現できます。しかしDoricoの想定する流儀と異なるスタイルを再現しようとすると、若干非効率的な手順が発生します。

Doricoで面倒な場面
 Doricoは原則的に、臨時記号に関しては衝突が避けられない部分を除けば可能な限り音符間隔を広げません。しかし流儀によっては臨時記号に対しスペースを追加することを善しとする場面が考えられます。この時にDoricoの音符間隔機能では、音符間隔をどの程度広げるかはユーザーの感覚に委ねられるため、スペーシングのスタイルを一貫させるためには神経を磨り減らされることでしょう。


 これでもDoricoの音符間隔に関する機能は、今ある浄書ソフトの中で最も優れており、調整が最も容易であることは、前提として明らかにしておきます。その上で本記事ではより優れた中立的な機能を求めているのです。


より中立的な機能設計が必要
相対間隔絶対間隔
素の音符間隔加算されたスペース
段全体の
スペーシング比率
個別の音符に対する
スペーシング比率調整
固有幅に起因する
音符間隔調整
 
 あらゆる流儀に対応できる機能とは、理想的な浄書を真っ直ぐ実現するものではなく、流儀の分岐に対して中立的であるべきだと考えます。水平スペーシングにおいて中立的な機能を実現させるためには、上表のような概念が必要だと考えています。実践的な枠組みとして水平スペーシングは「素の音符間隔」と「加算されたスペース」の2つに分けられます。まずはじめにその2つの概念を紹介します。

・素の音符間隔
 「素の音符間隔」とは、音符のみによって決められる音符間隔のことで、比率によって相対的に定められます。Doricoの「スペーシング比率」では、2つの音符間隔に対し、2倍の音価の関係であればデフォルトでは1.41倍のスペースになるように、音符間隔が決められています。このスペースは水平スペーシングの密度によって相対的に変化します。

・加算されたスペース
 「加算されたスペース」とは、臨時記号や音部記号などの諸記号によって水平スペーシングへ加算されるスペースのことです。これらのスペースは、スペースを加算する諸記号の幅は固有値であるため、水平スペーシングの密度が変化しても、必要な加算されたスペースは変化しません。

 このように音符間隔には相対的に決められるスペースと固有幅によるスペースという、異なった2つの性質のスペーシングが混在しています。音符間隔調整では素の音符間隔に対して調整する場面と、加算されたスペースを調整する場面がありますので、性質の異なるその2つスペースは別々の機能で調節できるのが望ましいと私は考えています。

絶対間隔と相対間隔
 「素の音符間隔」と「加算されたスペース」のスペーシングの性質は異なるものです。個別音符調整では「素の音符間隔」においても「加算されたスペース」においても、個別音符間隔を行う場面があります。そこで、異なる性質のスペーシングに対応するために、「絶対間隔」の個別調整機能と「相対間隔」の個別調整機能という2つの枠組みが必要だと考えられます。
 「絶対間隔」の個別調整では、「ある音符間隔に対し、5mm間隔を広げたい」というような固定の単位(1例としてmm等)を用います。一方で「相対間隔」の個別調整では、「ある音符間隔を1.5倍にしたい」というような、固有量を持たない相対的な調整を行います。

・絶対間隔で調整する音符間隔
 「加算されたスペース」は臨時記号や音部記号、加線という固有幅を持った記号にスペーシングが起因しているため、基本的に「絶対間隔」で調整するのが適しています。臨時記号分のスペースを3mm分確保したいのにも関わらず、水平スペーシングの密集化に伴って、臨時記号分の「加算されたスペース」が相対的に縮んで1mm程度ぐらいになってしまっては困るでしょう。つまり「加算されたスペース」の場合は相対間隔ではなく絶対間隔による調整が適しているのです。上図のDoricoの場合、諸条件次第ですが、水平スペーシングの密度が変化した時の「加算されたスペース」が勝手に破棄される場合があります。「加算されたスペース」の量が浄書ソフトによって勝手に変化してしまうのは都合が悪いのです。

 「素の音符間隔」は音符間隔の比率に基づいて、相対的に決められます。一見「相対間隔」での調整が良さそうに見えますが、しかしながら、「素の音符間隔」の調整要因が固有幅を持つ記号に起因する場合は、「絶対間隔」で調整する方が適しています。具体例では、譜表を跨ぐ連桁を符幹間隔を基準にする場面です。この場合、音符間隔の調整が必要となる要因は「符頭」の幅となっています。「符頭」の幅は固有幅であるため、「絶対間隔」での調整の方が適しているのです。

・相対間隔で調整する音符間隔
 「素の音符間隔」に対する調整の中で、固有幅を持つ記号を音符間隔調整の要因とする場面では「絶対間隔」での調整が適しているとしました。それに当てはまらない場面では「相対間隔」での調整が適していると考えられます。上図のように音符間隔を狭めるスタイルでは、相対間隔で調整する方が良いでしょう。この場合は、水平スペーシングの密度が変化しても、周囲との音符間隔との関係性が自然に見えるように、比率が維持したまま伸縮すべきです。この場合では音符間隔をn倍するような「相対間隔」での調整が適しています。

 以上のことから、個別音符間隔調整の挙動では「絶対間隔」と「相対間隔」の2つの異なる枠組みでの調整機能が必要だと考えています。その上で、流儀の分岐に対して中立的に選択可能な、実用的な枠組みとして「素の音符間隔」と「加算されたスペース」という異なる視点を備えることも必要です。私がMuseScoreでのスペーシング手順でやっていることは、譜面から「加算されたスペース」を打ち消して「素の音符間隔」の状態にしてから、「素の音符間隔」に対する調整を行い、その後に必要最小限の「加算されたスペース」を戻すことです。またFinaleを用いる浄書家の中でも、臨時記号や加線による無駄な「加算されたスペース」を嫌い、「加算されたスペース」を全て無効にした状態からスペーシングを行う人もいます。このことから、「素の音符間隔」と「加算されたスペース」を別工程として分けて考えることは実務的な観点だと言えます。

理想的な音符間隔調整機能とは
相対間隔絶対間隔
素の音符間隔加算されたスペース
段全体の
スペーシング比率
個別の音符に対する
スペーシング比率調整
固有幅に起因する
音符間隔調整
 
 これらのことを踏まえて、「絶対間隔」と「相対間隔」、「素の音符間隔」と「加算されたスペース」の関係性を表で上表のようになります。水平スペーシングを構成する時に、相対間隔を定めるためには相対間隔のスペース総量が必要であり、段幅から「加算されたスペース」等の「絶対間隔」の総量を除くことによって、相対間隔のスペース総量が求められます。水平スペーシングを定めるには、この表においては右から左への順に計算されるでしょう。水平スペーシングでは、挙動面として「相対間隔」と「絶対間隔」の2つの領域に分類され、その下位の実務的な枠組みとして「素の音符間隔」と「加算されたスペース」に分けられます。「加算されたスペース」は「絶対間隔」の領域であり、「素の音符間隔」の調整の中でも「固有幅に起因する音符間隔調整」も「絶対間隔」の挙動が適しています。「素の音符間隔」の中でも固有幅に起因しない音符間隔調節、すなわち個別の音符に対してスペーシング比率に変更を加えるような「個別の音符に対するスペーシング比率調整」は「相対間隔」での調整が適しています。最後に残ったスペースの中で、適切な音符間隔の比率「段全体のスペーシング比率」が求められます。これはもちろん音符間隔の比率によって決められるため「相対間隔」の領域に当たります。

音符間隔調整機能を形にすると
 理想的な音符間隔調整機能に必要な概念を形に表すと、上図のようなものが良いでしょう。利用機会が多いであろう順に「加算されたスペース」、素の音符間隔の中で絶対間隔調整が適する「固有幅に起因する音符間隔調整」、素の音符間隔の中で相対間隔調整が適する「音符間隔比率への増減」が並べてあります。

 「加算されたスペース」では、臨時記号や加線や音部記号などの、音符間隔に加算される固有幅を持つ諸記号の「加算されたスペ―ス」を調節します。持論ですが、ここでの数値は0を基点としてデフォルトからの変化量を記述するのではなく、デフォルトの加算されたスペースの実際値が記述されているべきだと考えています。すなわち、デフォルトで臨時記号が音符間隔を2mm広げている場合、2mmに相当する数値がデフォルトで記述されている形です。値を0にした時には「加算されたスペース」は無効となります。

 図中の「素の音符間隔」の「後の間隔」は、「固有幅に起因する音符間隔調整」を表しています。ここでは「素の音符間隔」の「絶対間隔」調整を行います。ここでの数値は0を基点とするデフォルトからの変化量が記述されているべきでしょう。

 「音符間隔比率への増減」は、「素の音符間隔」の「個別の音符に対するスペーシング比率調整」のことです。ここでは「素の音符間隔」の「相対間隔」調整を行います。個別の音符間隔毎にスペーシング比率の増減ができる機能を想定しています。例えば段全体のスペーシング比率が1.41である時に、個別の音符間隔において「スペーシング比率への増減」に-0.21と記述すると、その部分でのスペーシング比率が1.2に変更されます。つまり、八分音符の間隔を1とした時に同じ段の他の四分音符は八分音符の1.41倍の間隔であるのに対し、変更を加えた箇所の四分音符の間隔は八分音符の1.2倍にすることができます。

最後に
 本記事では、楽譜浄書での音符間隔調整機能にあるべき要素を考察し、「素の音符間隔」と「加算されたスペース」の枠組みの上位に「絶対間隔」と「相対間隔」を組み合わせた枠組みが必要であると結論付けました。Doricoの音符間隔調整機能はあらゆる音符間隔を実現するのに必要な機能を備えてはいますが、あらゆる浄書流儀を実現する際に、人間がストレスなく作業できるわけではありません。結局はDoricoにはDoricoが得意とする流儀があり、苦手とする流儀もあります。あらゆる楽譜が浄書ソフトで作られるようになった現代では、流儀を受け継いでいくためには浄書ソフトはそれらに対し中立的な機能を備えていなければなりません。個別の音符間隔調整において、本記事が提示した枠組みは、今後の浄書ソフトのあり方を考える上で、参考にしていただけたらと思います。

Doricoの音符間隔機能、さてはビミョーだなこれ

一見使い勝手良さげに見える「音符のスペーシングの変更」  Doricoの音符間隔の機能は、一見他の浄書ソフトよりも先進的で使いやすいように思えます。しかし、実際に音符間隔の機能を使って、音符間隔を調整しようとすると、思ったほどうまく機能しないことに気づきます。今回はDoricoの...